大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

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出かけた先の団地の一隅で、クリスマスツリーのライトアップを見た。

ベトナムのクリスマスを、思い出した。友人が「ノーエン、ノーエン」と言っているので何のことか尋ねた。
Noel、フランス語が少しなまった感じになっているのだろうか、そういうことだった。

ノーエンのとき、借りていた部屋の近所にあった、フランス統治期に建てられたのであろう、教会を覗きに行ったらたいそうな人混みだった。
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(写真は友人の家の近くにある別の教会=ハントンタイ教会)

フランス統治の影響でベトナムにはカトリックが多くいて、立派な教会が多く、そこに集う人たちの姿もよく見かけた。
異邦人による支配の名残というと、聞こえが悪いけれども、そうだ、知り合った老女も南部ファンラン出身、カトリックだった。

彼女は米軍で働いていたと言っていた。そのため、「VCがこっちに来てから私は辛いことばかりだ」と、恨み言を私に言った。
最初、「ヴィーシー」の意味が分からなかったけれども、Viet Cong(越共)のことなのだった。

米軍のために働いていたら、それは戦争後、苦労しただろうと思う。彼女には、ハントンタイ教会で話しかけられた。
以後何度か話を聞かせてもらった。
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(近所にあったタンディン教会。いまは何色に塗られているのだろう)

彼女はしきりと、「アメリカに行きたい」とこぼしていた。親戚の家に住まわせて貰っているような感じだったと思う。
訪ねていくと、その親戚らしき人がでてきて、少しよそよそしげだった。

10年たってしまった。




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by tamaikoakihiro | 2017-12-21 21:44 | 雑感 | Comments(0)
大東亜戦争開戦の日が、今年も過ぎた。七六年前、国運を賭して、としばしばいわれる戦争が、始まった。

毎年思うことは、南方に渡っていた大川周明の弟子の人たちのことである。

何人かに往時のことを教えてもらった。バンコクにいた人、サイゴンにいた人……

貴重な写真を見せてもらった。すべて忘れえぬことだと思う。会津出身のある方は、話を決して誇大にすることなく、淡々とサイゴンで迎えた戦争のことを話してくださったのだ。

私は、いま私がこのように安逸に暮らす所以のひとつであるに違いない大戦争のことを、体験せずして、体験したわけだ。

バンコクから、オンサン将軍(アウンサンスーチーの父)らが参加したビルマ独立義勇軍に加わった人もいた。大尉にいきなり任ぜられて、将校は帯剣が必要だからということか、慌てて街中で刀を買い求めたと回顧した方がいた。
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(写真は、サイゴン中心から少し離れた華僑の町。2005年撮影)

謀略企業のように語られることの多い、昭和通商に入ってシンガポールを目指した方がいた。

寒い寒い日に、暑い南方の若者のことを、思った。他人を想像する、とは古山高麗雄がしばしば語ったことだけれども、そういうことは、口にするのは簡単で、だが容易ではない。

思っても、書かなければ意味がないからである。
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(写真は古山高麗雄の父の郷里、七ヶ宿町)

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by tamaikoakihiro | 2017-12-09 20:14 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)