北一輝のこと
2010年 04月 21日
書籍編集をしていた頃、お世話になった装幀家の方に、拙稿の掲載された「東京人」を送った。
日を置かず、メールで連絡を頂戴した。その方は、以前から存じ上げていたが、大学の卒業論文を、「北一輝」で書いている。
大川周明と北一輝は一時期行動をともにしたが、その後、袂を分かった経緯がある。
そのことをもちろんご存じだから、拙稿についても、おそらく鋭い目で読んでくださったに違いない。
「右翼」と戦後されてきた人たちのことは今後、見直されないといけない――そんな主旨のことを仰っていた。
多くの人がそうなのだろうが、私は自分に大がかりなことができるとは、なかなか思えない。それでも、少しずつ積み上げた作業の末に、時代が縛ってきた歴史を、違った形で見るための一つの足がかりのようなものを、つくれたらと思っている。
何かこの上の文章は、気負っているように思われ……
日を置かず、メールで連絡を頂戴した。その方は、以前から存じ上げていたが、大学の卒業論文を、「北一輝」で書いている。
大川周明と北一輝は一時期行動をともにしたが、その後、袂を分かった経緯がある。
そのことをもちろんご存じだから、拙稿についても、おそらく鋭い目で読んでくださったに違いない。
「右翼」と戦後されてきた人たちのことは今後、見直されないといけない――そんな主旨のことを仰っていた。
多くの人がそうなのだろうが、私は自分に大がかりなことができるとは、なかなか思えない。それでも、少しずつ積み上げた作業の末に、時代が縛ってきた歴史を、違った形で見るための一つの足がかりのようなものを、つくれたらと思っている。
何かこの上の文章は、気負っているように思われ……
by tamaikoakihiro
| 2010-04-21 20:33
| 雑感
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