大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

政治に関わるべからず

五・一五事件の日が、過ぎた。「問答無用、撃て、撃てッ」と言って、首相を殺害した若者たちが、いたのだ、と当日は、思った。

五・一五事件には、大川周明も関わっていたのだけれども、東亜経済調査局附属研究所(大川塾)にもその人脈が、当然及んだのである。

私が何度もお話をうかがったある方は、数年前、亡くなった。その方は、「政治に関わるな」と、大川塾で言われてきたと語っていたな。

それを言ったのは、五・一五事件に関わった人たちであるとも伺った覚えがある。事件関係者の一部は、大川の計らいで、大川塾で少年たちの指導にあたった。

それを肯定的にとらえる人もいたし、やや否定的にとらえる人も、いたと記憶している。

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# by tamaikoakihiro | 2018-05-20 06:09 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)
ニュータウンの駅で降りてタクシーに乗り、丘を下って平地に出ると田圃が開けていた。
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関西に行ってきた。サイゴンで敗戦から6年も経って処刑された人の郷里を訪ねてみた。
(その人の容疑というのは、不運としか言い様のないもので、いや、責任など問われる必要があるのかといいたくなるものだと、思っている)
幸運なことに、その人のお墓のあるお寺を教えてもらえたので、期せずして墓参ができた。

行き帰りの風景は、田園である。「故郷の山河」という言い回しを、外地に戦争で行っていた人たちの手記でよく見たけれども、まさにそのものだなと思った。

サイゴンの獄窓にあって、どれだけここに帰りたいと思っただろうと想像した。

一昨年夏、大分を訪ねたときのことを思い出した。

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# by tamaikoakihiro | 2018-04-01 19:10 | 戦犯裁判 | Comments(0)

ベトナム語の落書き

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先日、いちょう団地に人を訪ねた帰り、車止めの落書きに気づいた。KHANHとある。北部弁だとカイン、南部弁だとカンと書く感じだろうな。

漢字にすると、「慶」だったか。しかし声調記号を理解しない私だから、これは想像でしかない。

これを書いた人は、ベトナム人だろう。「カン」という人に、何か思いがあったのだろうか。

何だろう。

「カンくん」という学生と、ベトナム在住時代、何度か会った。彼は、明るい人だった。飲食をともにしたのだったかな。

一度は、彼の友人で北部出身の、やはり学生と街中の犬肉料理屋に行った。食べたことがない、と言ったら、では行こうと誘われたのだった。

北部を旅行した折には、カゴに数頭の犬を詰め込み、後部座席にそれを積んで走るバイクを何度も見た。市場でそうしたカゴが並んでいるところにも出くわした。

南部の人は、犬を食べる習慣がないと聞いていた。

きついアルコール度数の酒を飲んで、レモングラスをかじって、肉をほんの少しだけ食べた。その学生は食べ方をいろいろ教えてくれた。

彼の名前はもう忘れた。カンくんの友人ということで、記憶に残っている。

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# by tamaikoakihiro | 2018-03-25 22:06 | 難民 | Comments(0)
『軍国日本の興亡』(猪木正道・中公新書)を読んでいる。

冒頭がすごく面白かったのだけれども、全体も、もちろん面白い。

新書が面白い、というのはいいことだなあ。というか書いている人が、すごいのだなあ。

以下、まったく知らなかったこと。

――陸軍では「一天、二表、三敬礼、四馬鹿」が昇進に役立つといわれていた。一天は陸軍大学卒を示す天保銭に似た徽章を意味し、表は図表などを器用に作成する能力を指し、三敬礼は厳正な敬礼が上官を喜ばせたことをいい、四馬鹿は上官の感情を害したり誇りを傷つけたりすることをいわず、愚直に徹すれば昇進の機会に恵まれることを指す。――

二番目の「二表」が興味深い。今風にいうと、PowerPointやExcelを使いこなせる能力になるのだろうか、な。

次の一節も。

――思うに、日本の陸軍には日露戦争に勝利した頃から、将軍はほとんどすべて大山元帥気取りとなり、万事を幕僚に任せるという弊風が顕著となった。――

辛辣だけれども、しかし、いわゆる左翼的なステレオタイプに流れて批判するのではない、強さを感じるのだなあ。

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# by tamaikoakihiro | 2018-03-25 19:54 | 雑感 | Comments(0)
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面白い本を読んでいる。『保守の遺言』(西部邁・平凡社新書)、『TOKYO外国人裁判』(高橋秀実・平凡社)。

『保守の遺言』で、今し方接した一文。

――ここで私のいいたいのは、「自衛隊という憲法違反の存在」を国民の九三%が肯定しているにもかかわらず、その六割以上が当該の憲法条項の改正に反対している、という国民精神の統合失調状態である。――

なるほど、このように日本の状態を表現できるのか、と思った。ぼんやりと感じていることに、輪郭というか、明瞭な形を与えてくれるのが、すぐれた文章なのだなと、思った。

こんな一文もあった。

――しかし、「国防の義務」をすら認めることができないでいる列島人に「投票の義務」を受け入れる余裕があろうはずもないのだ。――

二つ目の文章に接して思うのは、ベトナムのことだなあ。在住時、選挙が近くある、と友人が言ったので、「もし投票に行かなかったらどうなるの?」と聞いてみた。

「コンアン(公安)に、『行け』と言われますよ」

友人は言った。投票は義務であり、ベトナムの場合、ベトナム共産党に異を唱えることはできないようだったから、要するに、義務であり、体制の是認を強いられるものなのかなあと、当時、うすぼんやりと、考えた。

そしてベトナムは、いちおう兵役の義務があるのだった。つまり、国防の義務があるというこなんだろう。
(友人によると、抜け道があって、兵役に就かなくても済ませられるらしい。ただ学校で教練のようなことはあるらしかった)

もう一冊は、『TOKYO外国人裁判』。一九九二年の刊行だから、まだ日本の景気がよかった頃に取材をしたのだろうなと想像する。(冒頭の法廷の描写は一九八九年とあるのだ)

アメリカ国籍の人間とフィリピン国籍の人間とでは、起訴と起訴猶予の数字において大きな開きがある、などなど、細かな事実の積み重ねから、そして取材対象の証言から、日本人の差別意識がすっかりわかってしまう。

それが、読んでいてかなしいほどなのだ、なあ。

しかし、そういうものなのだろう。

先般、ベトナム人が多摩川で魚をとっていたとかで、ニュースがあった。

◎違法な漁網使いフナ捕る=容疑でベトナム人ら書類送検-警視庁
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017120500688&g=soc

違法な網を使っていたから、ということらしい。詳しいことはよくわからない、もちろん。しかし何か、記事には差別的な何かを、感じてしまうなあ。

「ら」という言葉は、『大辞林』にいくつか定義があげられている。

「(4)人を表す名詞や代名詞に付いて,謙遜または蔑視の意を表す。」というのがあった。これに該当しそうな気がする。
でも新聞では悪い人たちのことをよく「ら」をつけて書いている気もする。

そういえば、ベトナムにいたとき聞いた話で、大阪の八尾市はベトナム人が多く住まっており、道路の中央分離帯には空心菜が植わっているというのであった。
これは笑い話の類なのだろうか? 

いちょう団地の近くを流れる境川の川縁では、やはり団地に住まうアジアの人たちが、野菜類を植えて、ひところ話題というか、問題になったという話を、この前聞いた。
(ちなみに関西にベトナム人が多いのは、姫路にあった定住促進センターを出た難民が住まったからだと聞いている)

昔、戦後の食糧難の頃、国会議事堂のあたりでも畑をやっていたと、何かの本で読むか見るかした。それは生きるためにごく当然の選択肢だったのだろうなあ。

しかし衣食足りた現代日本人にとっては、むき出しの食料探しや食料生産は、受け入れられない事柄なのかなあと、法律にも詳しくないので、ただぼんやりと、また思う。

良い本は、いつも何か、考えさせてくれるなあと思う。ドストエフスキーの作品(題名は失念)の中で、誰かが、「頭のよい人との会話は楽しい」みたいなことを言っていた。

良い本を書く人は、乱暴な言い方だろうけれども、頭のよい人(これはまったく悪い意味ではありません)だから、やはり楽しいのだなあ(会話ではないのだけれども)

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# by tamaikoakihiro | 2018-03-19 22:39 | 難民 | Comments(0)