大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro
東亜経済調査局附属研究所を卒業し、タイに派遣された方の手記を読み進めている。

1941(昭和16)年の開戦前、バンコク大使館の武官室から呼び出され、「土木技師」を仮称する陸軍少佐とタイ南部を旅行した折のことが記されている。

開戦意図やマレー作戦のことは、もちろん秘匿されていただろうが、やがて日本軍が上陸する地点を視察している点は興味深い。

私は会ってお話を聞けなかった方の手記である。残されているから私でも読める、知ることができる。

文字とは貴いものだと思うし、それに託して何かを残そうとしてきた人の強い意志は、もっと貴い。
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# by tamaikoakihiro | 2010-04-22 22:09 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

北一輝のこと

書籍編集をしていた頃、お世話になった装幀家の方に、拙稿の掲載された「東京人」を送った。

日を置かず、メールで連絡を頂戴した。その方は、以前から存じ上げていたが、大学の卒業論文を、「北一輝」で書いている。

大川周明と北一輝は一時期行動をともにしたが、その後、袂を分かった経緯がある。

そのことをもちろんご存じだから、拙稿についても、おそらく鋭い目で読んでくださったに違いない。

「右翼」と戦後されてきた人たちのことは今後、見直されないといけない――そんな主旨のことを仰っていた。

多くの人がそうなのだろうが、私は自分に大がかりなことができるとは、なかなか思えない。それでも、少しずつ積み上げた作業の末に、時代が縛ってきた歴史を、違った形で見るための一つの足がかりのようなものを、つくれたらと思っている。

何かこの上の文章は、気負っているように思われ……
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# by tamaikoakihiro | 2010-04-21 20:33 | 雑感 | Comments(0)

大先輩から頂戴した言葉

新卒で入社した会社で書籍の編集をしていた頃、さる医療・科学ジャーナリストの方と知り合う機会を、偶然にも得た。

その方は、文藝春秋で長くお勤めになっていた。名のある雑誌「週刊文春」の編集長を務めていらしたこともある、私などからすると、雲の上の人という印象だった。

私は、自分が担当した書籍を、書評で取り上げて貰いたいと思い、その方に連絡を差し上げたのだった。

どうやって調べたのかは忘れた。ただ、自分の担当書籍を売りたい一心で、当時、朝日新聞で書評を担当されていたその方に、手紙でコンタクトをとった。

一度、会社の近くの喫茶店でお目にかかった。

昭和初期のお生まれだから、私のような新米の編集者など相手にしてくれないだろうと思っていた。ところがそんなことはなかった。

手紙のやりとりをさせてもらい、またお目にかかって話すと、本当に人と接することに真摯であることが感じられた。

当然ながら、名門出版社の出身であるからといって、そのことで人を威圧するようなことはなかった。たくさんの人に会い、おそらくすべての人に対し、人としての礼節を尽くしてきたのだろうと思われた。

その後、何度か便りを差し上げ、その都度丁寧なお返事を頂戴していた。

今回、拙稿の掲載された東京人に手紙を添えてお送りしたところ、便せん数枚に及ぶお返事があった。

ありがたいことに、励ましの言葉を頂いた。感激し、便せんを持つ手が小さくふるえるのが分かった。

7年前に、一度会っただけの年少の人間に、親しく言葉をかけて下さることに、ある種の畏怖を感じた。

その方は、文藝春秋に入社した頃、存命だった大川周明に会ったことがあるという。原稿の依頼にいったのだそうだ。農夫然たる姿を記憶にとどめているとのことだ。

私にとって歴史に属することを、肌身の経験として知る人から教わることは、本当に多い。

私はある歴史的人物や出来事について、何も見聞きしなかったが、私が生まれるより前に、多くのことを経験し、記憶する人に会うことで、何かが感じられるようになる。

「ノンフィクションは、人が描かれていないといけません」――。そんなことを、お目にかかったとき、うかがった。

私はいつも、その言葉を、文章に向かうとき、思い出している。
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# by tamaikoakihiro | 2010-04-18 14:54 | 雑感 | Comments(0)
ありがたいことに、理解ある編集の方のお力添えがあった。

長年愛読している「東京人」(都市出版)で大川塾(東亜経済調査局附属研究所)をテーマとした拙稿が掲載された。

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全4回に分けてくださった。

自分のような人間の原稿が載っていいのだろうかと、いまだに不安が消えないものの、一方で一つ、形にできたことへの安堵がある。

ただいろいろと課題は多い。早くこれをもっと掘り下げてまとまったものとしたいという思いで、いまは焦っている。

なお雑誌販売のFujisanから購入可能。
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# by tamaikoakihiro | 2010-04-17 17:19 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

「アジア」という言葉

誰かが、「その言葉を使うとき、日本人はそこに自分たちを含めて考えていないことが多い」と言っていた。

「アジア」という言葉についてである。


そうなのだろうと思うことが、多い。

「アジアに旅行に行ってきてね」と学生時代、バックパック旅行から帰ってきた友人が言っていた記憶がある。

もちろんそこに日本は含まれないし、どうだろうか、中国、韓国、台湾も不安なものだ。

そういった場合、昔、南方といったタイやベトナム、マレーシアなどを想定されるのではないだろうか。

地域として、まとめて見られているのだろうか。

そういえば、昔、南方といった地域は、仏領インドシナが、戦争中、注目されていた。仏領インドシナは無論、フランスの植民地である。そういうおおざっぱな区分けがかつて、世界ではまかり通っていたわけである。

「帝国主義の時代だった」と言ってしまえばそれまでなのだろうけれども。

そのころから、日本人の自国以外のアジア地域に向ける目は、まだあまり変わっていないのかもしれない。
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# by tamaikoakihiro | 2010-04-01 23:33 | 雑感 | Comments(0)