大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro
75年前、バンコクで大使館主催ですき焼きの会に参加していたという、当時、若者だった方から伺った話を思い出す。開戦前の、ある種の工作だったのだろうか。東亜経済調査局附属研究所、通称大川塾に学び、開戦の年にタイに派遣された卒業生の方だった。

毎年、このことは思い出し、ここに書いている気がする。自分にとって大事なことだからやはり書いてしまう。

タイに、日本軍は無血進駐したということになっているようだけれども、実に、その頃のバンコクは緊張感に満ちていたらしい。

マレー半島の町に上陸する日本軍とともにあった大川塾生の手記を読むと、タイ側との激しい交戦があったことがわかる。上陸される町の領事館にいた大川塾生の手記も興味深いものがあった。

そのあたりのことは、『大川周明 アジア独立の夢』(平凡社新書)に書いたけれども、思い返しても、バンコクの夜、日本軍進駐となるや、大川塾生がいかなる働きをしたのか、興味深いことだと思う。

今年も12月8日が近づいて来たな、と思う。

アメリカと戦争をしたと知らない世代もあるそうだけれども、私にとっては、75年前のことを、語ってくださった方々のことを思うと、昨日のことのように、何かが想像される。自分の経験には、絶対にならないにもかかわらず。

すき焼きの会のことを話して下さった方は鬼籍に入られた。大川塾のことを知りたいと思った私に、さまざまな助けの手を差し伸べて下さった方だった。本ができたあと、インド独立運動の英雄、チャンドラ・ボースにまつわる集いの席でお目にかかった。

そのとき、「よくまとめましたね」と優しく言って下さった。思い出すと、涙が出そうに、なる。
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# by tamaikoakihiro | 2016-12-07 22:17 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)
陸軍航空士官学校に学んだ方に話を伺う機会を得た。東京陸軍幼年学校を経て予科士官学校、航空士官学校と進まれた方で、敗戦時、満洲で訓練中だったそうである。

航空士官学校は、私の身近にあったものなのだが、ほとんど無知である。「入間基地」として知っていたところに、あったことを、大人になって、それもだいぶしてから知った。それに隣接する稲荷山公園は幼少時、親に連れられて遊びに出かけたはずなのである。

かつて占領軍が使っていたと聞く、洋風の家屋というか小屋のようなものが、いくらか公園の中には残っていた。

米軍ハウスなどといって、近隣に残っている占領軍の建物を住まいとする人もいるらしいが、詳しくは知らない。

私は占領より前の時代のことにもちろん関心が会って、その方に会った。

幼年学校、陸士の教育、昭和天皇のこと、切腹のことなど、あれこれととりとめもなく伺ってしまった。淡々とお話をされる方で、無知無学の私には本当にありがたいことだった。
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# by tamaikoakihiro | 2016-11-16 23:59 | 作家 | Comments(0)

落ちこぼれる

飯尾憲士の短編「魂たちへ」を読んだ。特攻にまつわる作品である。

印象的な一節があった。「落ちこぼれるのは、大変むずかしいことです。それに又、溢れ出るもののない人間は、落ちこぼれることなどできません」

飯尾憲士自身、敗戦後に入学した熊本の第五高等学校では落ちこぼれて、ぎりぎりの成績で卒業した旨、別の作品で書いていた。小説だったかもしれないから、こしらえているところがあるのかもしれない。
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でもだいたい事実だろうと思う。

第三高等学校を中退した古山高麗雄もまた、飯尾が書いたような、溢れ出るものがあったのだろうかと思う。

二人に共通するのは、朝鮮半島である。古山は朝鮮新義州の生まれ。飯尾の父は朝鮮半島から日本内地に来たという。飯尾は自らを「混血児」とどこかに書いていた。

むずかしいことを、まったくできなかった自分のことを、思う。

できなかったことをしてきた人には、やはり憧れる。
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# by tamaikoakihiro | 2016-10-28 00:08 | 作家 | Comments(0)
飯尾憲士の作品を読んでいる。本日読了したのは『開聞岳』(集英社)。
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特攻隊員の中にいた朝鮮出身者たちのことを追った作品である。執拗な、といった言葉が、その取材姿勢にはふさわしいようにも思えるけれども、とにかく『自決 森近衛師団長斬殺事件』(光人社)を読んで以来、気になっていた作家だから、読めてよかった。

飯尾憲士自身は、父親が朝鮮半島出身で日本に渡った人で、母親は日本人だったそうである。

そういう自分の血に偏執して、というと言葉が不適切かもしれないが、作品を書き続けた人の生涯を想像する。何に執念を向けることの必要もなく、生活するわが身ゆえのことなのだろうな、と思う。
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# by tamaikoakihiro | 2016-10-07 05:15 | 雑感 | Comments(0)

大分、国東半島

この前、大分県に行ってきた。初日は雨だったけれども、午後から晴れて、美しい風景を見られた。

BC級戦犯のことで教えて下さる方々いらっしゃるので、ご厚意に甘えて訪ねたのだった。
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20年ほど前、まだ学生だったとき、九州を自転車で野宿しながらほぼ一周した。大分県では、国東半島の石仏を見た。浜辺で野宿しようとしたとき、近所の若いお兄さんが話しかけてくれて、パンやアイスをくれた。

いい思い出しかない。旅行者だから当然だろうけれども。

このあたり、来ただろうな、と思う場所も通った。案内して下さった方の車の助手席から緑の風景を見て、懐かしかった。
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あの頃は、やることがないから無暗に自転車に乗っていたのだと思う。友人も一人か二人しかおらず、親しもうとする努力もたいしてしていなかった。
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20年たって、無暗なところはあまり変わらないけれども、自分を助けてくれる人の存在を得られるようになったことは、大きな違いだと思っている。

時間はかかるけれども、そういうものなのだろうなあ。
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# by tamaikoakihiro | 2016-09-19 04:01 | 戦犯裁判 | Comments(0)