大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

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その日その日が生涯

「僕にとってはその日その日が生涯なのだ」

これはラバウルで行われたBC級戦犯裁判で刑死したある陸軍中尉の言葉である。

『ラバウル戦犯弁護人』(光人社NF文庫・松浦義教)を読んでいて見つけた。
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著者は二・二六事件に連座した疑いで代々木の陸軍刑務所(東京陸軍刑務所)に入っていたことがあるという。

敗戦後、ラバウルで戦犯弁護にあたったのである。文藻豊かな人だなと、ところどころの表現に接して思う。

死を確実なものとして意識した人たちの言葉は、老成していて、これが20代、30代そこそこの人たちのそれとは思えないものがある。

これはBC級サイゴン裁判でもそうだし、どこでも同じである。

若い人たちだけに、しかし、悲痛である。幼い子どもがいる人のものなども、なかなかに辛い。

BC級戦犯裁判は、このように覚醒した人々を生み、そしてその人々の多くを殺したわけである。




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by tamaikoakihiro | 2017-09-29 00:37 | 戦犯裁判 | Comments(0)
「歴史はある意味で、いつも結果論であるし、思想はつねにイデオロギイとして機能するから」云々とあった。『近代の超克』(冨山房百科文庫)を読んでみて出会った、竹内好の文章。

そうだ、結果論で思うのは、いつも私自身、歴史を眺めていて「結果しか、自分の目の前にはないなあ」と当たり前なのだろうけれども、思う。

何の結果か。

それは大東亜戦争、戦後、太平洋戦争と呼ばれた戦争である。
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(植民地時代のサイゴンの地図)

すべてが、というわけでもないけれども、身の回りのことの多くが、戦争の結果だなあと感じる。

住まいの上空かなり低いところでアメリカの飛行機が飛ぶこと(たぶん横田基地に行くのだろう)、流行の音楽のたいていは横文字まがいだったりすること、隣国との関係が、どうも不安定なこと(隣国と円満な関係を築いている国は、あまり多くはないと思う、それはベトナムとカンボジアの関係とか、いろいろと見ればわかる)……

結果しかない世界で、育ってきたような気が、どうにもする。

80年代半ば以降の浮かれた消費文化の中、10代を過ごしたけれども、内需拡大を押しつけられた結果なのだろうとか。

良い本を、読むことができた、な。


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by tamaikoakihiro | 2017-09-26 20:52 | 雑感 | Comments(0)