大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

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バタバタと

戦争裁判関連の学術書を読んでいる。難しい……

論点の整理とか、既存研究の参照など、いろいろ履行しなければならないことが、たくさんあるのだろうと想像する。

今読んでいる本の中で「無数の者がバタバタと死んでいった」という表現があった。

証言類を見ていくと、「バタバタと――」と受け取れる内容が多いそうである。そういうものなのかな、と思うけれども、学術書らしい丁寧な書き方の中に、バタバタという表現が入ると、一種異様な印象も受ける。

「そんな、マンガの表現みたいじゃないか」と思ったり。

表現が一貫していた方が、気持ちよいと思うのだけれども、まあ、それは書く人それぞれ、ということなのかもしれないな。
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by tamaikoakihiro | 2016-01-24 19:14 | 戦犯裁判 | Comments(0)

桜の木

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靖国神社に行ってきた。資料閲覧のためだったけれども、寒い中、結構な人数で参拝の人がいることに驚いた。
(なぜか写真がタテで入らない、これはたぶんWindows10のせいだろう、と思う)

この神社は毎年夏になると、議論の対象になる。普段は騒々しいわけではないようだ。

植樹された桜の幹には、戦友会の連絡先が書いてある。「弓」の名前も見えた。

弓はインパールで戦った部隊ではなかっただろうか。

ビルマといえば、インパール作戦である。でも本当に戦争の行方を決めるべく連合軍が力を入れたのは、フーコンの戦いである――ということで、古山高麗雄は『フーコン戦記』を書いた。

フーコンで戦った部隊関係者の植樹はあるのか、今度また出かけたときに、探してみよう。そうだ、三部作の最初、『断作戦』は、小説の最後のあたりで、元兵士二人が靖国神社に行くシーンがあったな、と思い出した。
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by tamaikoakihiro | 2016-01-23 22:49 | 作家 | Comments(0)

紙幣

1000ドン札が、出てきた。小銭である。
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ベトナムにいた頃、何に使っていたかなと思う。コーヒー代が道ばたで飲むと5000ドンくらいだったような記憶があるから、そういうときに使っていたのかもしれない。2000ドン札というのもあった気がする。

日常的に使っていたはずなのに、具体的にはあまり思い出せない。

それよりも、ベンチェーという、メコンデルタの入り口のような街のバスターミナルの公衆便所で、使用料を払うのに、500ドン札を出したら、「これでは少なすぎる」と番をしている少女に指摘された場面を思い出す。

日差しの強い日で、泊まった古いホテルで「昔ここでベンチェー蜂起というのがあったんですよね?」と生半可な知識をベトナム語で披露したら、何十倍ものベトナム語で説明されて狼狽したのだった。
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by tamaikoakihiro | 2016-01-03 17:34 | 雑感 | Comments(0)
年末に、隅田川に近い「労働者の街」に行った。戦犯としてサイゴンで刑死した元将校が、変名を使って働いていたところである。

南千住駅から明治通りまで歩き、左に折れて歩く。簡易旅館の看板が目に付く。「職安」を探していたわけだけれども、目当ての建物はほどなく見つかった。建て替え工事に入るようで寒々しい、コンクリートの建物なのだった。

さほど遠くないところに神社があった。無事をここで祈ったかもしれないと思ったりする。
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将校になるくらいだから、インテリだったのだろうと想像する。

身分を偽って暮らしを送る苦しさを思ってみるけれども、想像できるものではないなと思う。

刑死したのは65年前。

手記を読むと、逮捕されたときのこともある。同胞の刑事から逮捕されたのである。『孤島の土となるとも BC級戦犯裁判』(岩川隆・講談社)を読むと、戦犯逮捕の折のひどい扱いが書かれているが、この元将校の手記に登場する刑事にそんなことはない。

戦犯というのは、異邦の人が決めたことで、その容疑者を同胞が逮捕するというのは、複雑なものに思う。
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by tamaikoakihiro | 2016-01-03 07:00 | 戦犯裁判 | Comments(0)