大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

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ルナアル日記

一つの結果を手に入れるためにも、私はじっくり仕事をし、
しっかり自分を支え、そして辛抱強くやらなければならない――『ルナアル日記』

作家の古山高麗雄は、劇作家の岸田國士から若いとき
(といっても戦後)にルナアル日記の全七巻を貰い受けたという。

古山がその後、折に触れて読み込んだのではないかと思うのだが、
作家としての彼を支えたと推測したくなる言葉に出合う。
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一つの結果を……もその一つ。戦争三部作を書き上げるために
費やした二〇年近い年月を考えれば、である。

「一つの結果を……」の前には、こう書いてある。

「私は何を書いても、霊感を以て天才的に書くことはできない」

古山は一気呵成に書くタイプではなかったと思うし、
「書いては消し」に近い執筆スタイルであったことは、
自分でも書いている。

「辛抱強く」というのは、なるほど、結果を手に入れるよい方法なのだろうなあ。
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by tamaikoakihiro | 2015-05-16 12:20 | 作家 | Comments(0)
落葉、風を恨まず――ラクヨウ、カゼヲウラマズと読むらしい。
初めて接したとき、いい言葉だなと思った。
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漢詩か何かに元があるのだろうと想像しているけれども
わからない。誰かに教えてもらいたい。

知ったのは、七ヶ宿町の「古山高麗雄の世界」にあった資料を
見たとき。

本人もよく、その言葉を口にしていたらしい。

人を恨みたくなっても、それを恨まず、受け入れて、淡々と生きる。
淡々とできなくても淡々としている振りはする、とか。

そんなことも思ったりする。

上に挙げた写真は2005円の今頃、ベトナム南部チャウドックで
撮影したもの。古山の「デビュー作」である「墓地で」には
「チョイドックの連絡所」が出て来る。

チャウドックのことかなと想像している。なぜなら
娼婦のような「カンボジヤの水くみ」が登場するからだ。

発音が、今と違っていたり、わざと違えていたりすることも
あるだろう、と思う。
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by tamaikoakihiro | 2015-05-10 17:16 | 作家 | Comments(0)
4月30日が、今年も終わった。サイゴン陥落だの、
解放だのと言われた1975年から40年。

10年前、30周年の祝賀行事をサイゴンで見た。

北ベトナム正規軍の戦車がなだれ込んできたという通りが、
自転車レースのゴールになっていた。

観客というか人々がやたらと集まっていたな。

2007年の4月30日は、旅行者としてでなく、そこに何となく
居住している日本人として、迎えた。

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戦後、保守と目された人々は、ベトナムの独立運動が共産主義の体裁を
とりながらも、それは民族主義が本質であることを見抜いていた。

だから共産党の中国とも1979年に戦火を交えている。

そんなあれこれを毎年、この時期には思い出し、サイゴンに住む
旧友に連絡をしたりしている。
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by tamaikoakihiro | 2015-05-02 17:48 | 雑感 | Comments(0)