大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

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「伝説の外交官」

「外交」(時事通信社)の七月号に掲載された連載「外務省研究――プロの復権」で大川塾生のことが取り上げられていた。

この回のタイトルは「『アジア解放の夢』を見つづけた伝説の外交官」である。筆者は時事通信解説委員・鈴木美勝氏。

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「伝説の外交官」とされた大川塾生の方は二期生で、私は二回お目にかかって話を伺い、また手紙で借問し、お返事をもらったことがある。

大川塾のことを、大変客観的に語ってもらった記憶がある。大川塾の寮歌の作詞者でもある。

文章をよくされ、私家版の冊子も頂戴した。西武新宿線の花小金井で下車してバスに乗り、お宅に伺ったのはもう六年前になる。

自分が会津人であるから、「べらべらと喋らない」ことを美徳としていることを、伺った記憶がある。

その方が、「伝説の外交官」として、カンボジア和平で重要な役割を果たしていたことを、「外交」の記事で初めて知った。聞かれたことには答えるが、自慢めくようなことは自分から話さない――そんな姿勢を持っていたのだと今になって改めて感じた。
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by tamaikoakihiro | 2014-08-28 18:35 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

相模大野あたり

初めて小田急線相模大野駅で下車した。小田原線と江ノ島線に分岐する。おそらく繁華でない方の口を出た。区画整理事業の記念碑が丈の低い植木に埋もれるようにあった。

江ノ島線と平行するように走る道路を歩いた。郊外の住宅地である。

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変哲のない土地のように見えたけれども、昔は畑や雑木林が広がる場所ではなかっただろうかと想像した。何しろ江ノ島線に入ってから「東林間」という駅だってあるくらいだから。

「東林間のブタ小屋」という佳篇があるなあ。
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by tamaikoakihiro | 2014-08-23 17:42 | 作家 | Comments(0)

駒込うろうろ

朝、昭和三〇年代の住宅地図を片手に駒込駅のあたりを歩いてみた。駒込はどうも坂の上と坂の下と分けて考えるのだけれども、下が見たいところなのであった。
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探していた作家の旧宅のあった場所は、割合すぐに見つかった。その頃から住んでいるのであろう人の名がついたビルが目印になった。

坂上の大名屋敷の方からすると崖の下で、徳永直が「太陽のない町」の舞台としたというのもわかる気がした。

その作家は「悪い仲間」(安岡章太郎)で描かれた仲間たちののボス格なのだけれども、戦後は本人曰く「うだつの上がらぬ編集者」として長く過ごした。

駒込に住んでいた頃には、安岡章太郎の方は文壇に進出して活躍し始めているから、焦燥もあったのではと想像するけれども、実際はわからない。

後年作家になってからの長編小説の一章に「坂の下の町」と題するものがあるから、当時は鬱屈するところもあったのかもしれない。

駅に戻る折にうろうろしていると、聞き覚えのあるベトナム語、それも南部弁が聞こえて来た。開高健が「鳥のさえずるような」といった感じで形容したやわらかい言葉である。
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若い夫婦がマンションから出て来て、赤子を連れてどこかへ出かけるらしかった。

あの作家は南部仏印サイゴンの監獄に捕らわれていた。何か縁を感じた。あの作家は「安南語はよく音が通る」といった形容をしていたなあ。確かにそうなのだなあ。
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by tamaikoakihiro | 2014-08-16 20:55 | 作家 | Comments(0)

東南アジアの川

この前、小さな川を見た(というか、毎日通勤で見ている)。水がちょろちょろと、こじんまりと流れていた。車窓から「ああ、日本の川だな」と思った。

まあ東京郊外の川だから、当然かな。


サイゴン川を見たときは、東南アジアの平地の川とは、スケールがあるなと感服した。水草がゆるゆると流れていく様に、戦時中、サイゴンで学んだ人から聞いたその水草の有様そのままだと思った。

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サイゴン川のことは古山高麗雄がデビュー作「墓地で」の中で、書いていた。

私が見たサイゴン川と、敗戦直後のサイゴン川とでは、まったく様相が違うのだろうけれども、川向こうの「ベトミン地区」のことなど想像した。そうだ、私が住んでいた頃は、川向こうの2区は牛が草を食む風景があった。背景にサイゴン中心部の高層ビルが見えた。

サイゴン川を遡上する大きな貨物船を見上げるように眺めたときは、子どものように感激した。泥色の川の貫禄に、羨望を覚えたなあ。

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(写真は旧クォンデ通りの風景。クォンデはかつて日本に亡命して祖国独立の運動を行った王族)

一時期、仏印に展開していた日本軍部隊関係者の戦友会報を読みあさっていた。意外と多いのが、サイゴン川をメコン河の支流としている記述であった。正確にはサイゴン川はドンナイ川水系であり、メコン河の系列ではないようだ。

しかしサイゴン川のスケールを見ていれば、メコン河の支流と考えてもおかしくはないと思う。

サイゴン川は、アロヨシノワ(中国人の運河、だったかな、意味は)という運河でメコン河の方面に、確か通じている。サイゴンを発ってプノンペン方面に行く部隊の中には、そういう例もあったのだろうと想像している。

川は、いいなあ。大きいほど、何かいいものを感じるなあ。
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by tamaikoakihiro | 2014-08-02 19:22 | 作家 | Comments(0)