大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

<   2014年 06月 ( 2 )   > この月の画像一覧

戦前の朝鮮・新義州に育った方が、内地に初めて来て驚いたことの一つに、日本人が肉体労働をしている光景を見たことを挙げていた。

大日本帝国は東アジアで見れば、台湾、朝鮮半島に及んでいたわけだけれども(満洲はいろいろ議論があるようなので、よくわからない。とりあえずここでは除く)、概ね肉体労働は植民地では、日本人がやる仕事ではなかったようである。

その方から拝借した資料にも、同じような驚きをつづった文章があった。

何もこういった人種に由来する話は日本に限ったことではないはずで、フランス領印度支那に戦時中いた方々からも「安南人」とフランス人の間にある懸隔に関する話はよく伺った。

「人種なんて今さら」という話もあるのだろう。とはいってもたかだか数十年前のことを、大昔の遺物のようには、どうも感じられないのだなあ。

「人がもう昔のことだよってというのって、たいていは今のことなんだよなあ」と、誰かが言っていた。

そうなのかもしれない。

今日家に帰ってくると、平凡社の「こころ」(第19号)が届いていた。『一〇〇人が綴る「私の思い出の一冊」』という、平凡社創業一〇〇年を記念した特集の号である。
a0153209_23544675.jpg


声を掛けてくれたKさんには、何ともお礼のしようもなく、この2年、特に何もしていないのに、と申し訳なくもなる。

植民地があった時代のことを、これまで何人かの方に聞いていたのだけれども、あるとき、京都の小さな駅の近くの喫茶店で、ある方から直截に言われて、人種に由来する“別種”の感覚が、かつて明確に存在していたことに、納得する思いを持った。

要するに有色人種への差別、であるのだなあ。

その思いを補強されたのが、ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」を読んでのこと。読後に抱いた感情等々、機会を得たので書いてみた。

立派な赤い装いの「こころ」になんだか感動する。

ああ、そうだ、新卒で入ったあの会社には、校閲部に「世界大百科事典」があった。違う階へ降りていって、調べ物をするふりをして、適当に行き当たった項目を読んだ記憶がよみがえった、な。

CD-ROMの「世界大百科事典」ではひたすらゴキブリのことを読み返した。あれはどこにいったのだろう。ゴキブリは気になる存在だった。アパートに頻繁に出没したから。

あの会社に拾ってもらえたのは、ゴキブリについて書いた作文のできが割合良かったせいだと、今も思っている。そういうわけで、平凡社といえば百科事典、それはサボりのお友だちなのである。
a0153209_23594625.jpg

[PR]
by tamaikoakihiro | 2014-06-07 00:01 | 雑感 | Comments(0)

内務班

「徴兵忌避を戦争否定の有力な手段だというのなら、格別深い洞察を強い信念も持たない一市民でも、その道を選びうる基盤がなければならない」――吉田満の「一兵士の責任」から。

吉田自身は、学徒出陣組であり、将校であったから、“一兵士”とタイトルにつけたのは、そういう普通の人々(これは、高等教育を受けていない、くらいの意味で使ってみる)のことまでも思考の枠に収めて考えたかったということなのだろう。

a0153209_21153996.jpg


高等教育を受けた大学生も出陣し、運命を受け入れようとして苦しんだと、大方の本には書いてある。つまり与えられた場所で最善を尽くしたのだろう(つまり、戦場でよく戦おうと努めた、ということだろう)。

すると、上のような部屋(内務班)で、古参兵からいじめられ、南方を転戦したあの作家が後年デビュー作で「私には、思う自由、というものがある。これだけは、誰も束縛することはできない」と書いたのは、当時のある若者の、切実で精一杯の抵抗を示していることになるのかなあ、と思う。

内務班は整然としていた。階段の踊り場に出て窓の外を見ると、公園の緑が目に残った。

a0153209_2125799.jpg

[PR]
by tamaikoakihiro | 2014-06-02 21:26 | 作家 | Comments(0)