大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

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音のない世界

久しぶりに朝のラッシュの時間帯で電車に乗った。普段は自転車だから、混雑と雰囲気に圧倒される。

当然だが、イヤホン、ヘッドホンをして何かを聞いている人が多い。

その中に、発車寸前に悠然とドアを割って入ってきた人も、イヤホンをしていて、思った。

発車の案内音が聞こえていないのだろうか。

日本はいいところだ。周囲の音を遮断して生きていても、とりあえず安全に生きていける。

ベトナムで、町中でそれをやったら結構危なかっただろう。

住んでいるとき、勤め先に出かけるとき、遊びに出かけるとき、バイクに乗った。町中はバイクの洪水である。

後ろからバイクを押しのけるように大型トラックが来ることもある。

音を聞いていないと危なかった。

考えてみれば、静かな世界というのは、安全な世界の謂にもなるのだろう。

騒々しいと、それだけでちょっと、危険な感じがする。

そうだ、ベトナムの喧噪に包まれた市場では、後ろから台車を押してくる少年に「どけっ!」とばかりに口笛を吹かれたのだった。

あれは華人街、チョロンの市場でのことだったか。

そのチョロンに、日本人が設立に関与した娯楽場兼賭場があった。

「大世界」という。日本人経営の独立支援商社、大南公司も店を出していたという。

「大世界」はグレアム・グリーンの小説にも戦後、登場する。

戦時中、そこの「陰の顧問役」を任じていた人物は、大川塾生の上司でもあった。

音のことからベトナムまで、朝の通勤電車で頭に思い浮かべていた。

もの思う時間はあるわけだ、生産的でないけれども。
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by tamaikoakihiro | 2011-02-25 13:32 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

「会えない人の話」

「会えない人の話」という短編が、古山高麗雄の本にあったと記憶している。最晩年の作品なので、亡き友を偲ぶものだった気がする。

しかし人間が晩年だろうと何だろうと、会えない人の話はいくらでもあるわけで、私自身、何かを私に語ってくれた方のことを思うと、月並みだけれども、人生とは何とはかないことだろうと思う。

「ジョータイレン!」

これはベトナム語で「手を挙げろ!」という意味だ。

この言葉を教えてくれたのは、鹿児島在住の方だった。戦争中、中国から歩き通して仏領インドシナに至り、仏印武力処理に参加されたのだった。

所属部隊の通称号は「光兵団」、九州南部(熊本、鹿児島、宮崎)編成の精強師団である。

それで、私がベトナムに移住した後、ベトナム人の友人に「ジョータイレン!」と言ったら爆笑された。

そして友人は手を挙げてみせた。

何と、60有余年前に、鹿児島出身の一兵士がフランス植民地軍の安南人に使った言葉が、私の目の前で通じたのである。

あの言葉を教えてくれた方とは二度、お目に掛かって、その後、時候の挨拶もせぬままになってしまった。

そんなこんなで「会えない人の話」という短編からはいろいろ、古山流にいうと「もの思う」ことが多い。
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by tamaikoakihiro | 2011-02-23 07:32 | 雑感 | Comments(0)

双方向にならない

ツイッターで「フォローしている」「フォローされている」の欄を見ていると、短期間、「フォローされている」に入っていて、3日ほどして消えている人がいる。

根拠はないが、「それは私がフォローしなかったからだろう」と想像する。

自分がフォローして、相手が自分に対してそうしなかったことを理由に、その場を去るのは、何だか悲しいことに感じる。

ツイッターの良くないところなのかなとも思う。

自分が一方的に「発信」して、それでおしまい。執着はしない、そもそも執着になじまないツールなのだろうが。

しかし「発信」する前に、自分が何かを知ろうとする――執着する――ことは当然なのではないだろうか。

南方にかかわるようになって、一方向のことばかりだ。

話を聞かせてくださいと懇願して、了解をもらえれば幸運。その幸運は、しかし双方向のものへと発展しないことが多い。

いつの間にか故人となられていて、悲しい思いをすることは少なくないのだ。

何が言いたいのか、あまり言いたいこともないが、そうだ、思い出した、ツルゲーネフの小説は、『片恋』なんかより、『父と子』が面白かったのだ。
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by tamaikoakihiro | 2011-02-21 21:51 | 雑感 | Comments(0)

あるレッテル

ベトナム戦争のころ日本で青春期にあった人と話したとき、ゴ・ディン・ジェム大統領にテーマが及ぶと、「独裁者だよね」と一言で片付けられることがあった。

ジェムを直接知っていた人(故人)は彼のことを「真面目だよね」と私に語ってくれた。

やはり親しかったと推察される文学者、小牧近江はジェムの律儀なところを、自著『ある現代史』の中で指摘している。

「独裁者」というレッテルは、一時期日本のマスコミがジェムに貼った者に過ぎないと思う。

親米のムバラク大統領が一連の騒ぎの中で、いつのまにか悪玉らしき者に仕立て上げられてゆくのを見て、そんな思いを新たにした。

ジェムについては、反仏民族主義者としての見直しが、あっていいのではないかと感じている。あんまり根拠はないのだけれども。

そういえば知人はベトナムのサイゴン郊外でジェムの墓を見つけていた。
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by tamaikoakihiro | 2011-02-15 21:10 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

再読

先日、出張の折に寝床で『妻の部屋』という古山高麗雄の遺作短編集を読んだ。数年前に一度、読んだから今回は再読だった。淡々とした筆致の中に、読み返したくなる一節がある。

「来し方ばかり」という一作には、旧友の同棲相手(元娼婦)と語り合い、自分たちには「来し方」つまり過去しかもうない、未来は長くない、と古山がいう箇所がある。

最近は、取材でお世話になった南方関係の方が亡くなっていたことを知る機会が続いていて、来し方を語ってくれたその方たちの姿を思い浮かべる。

ある元外交官の方(東亜経済調査局付属研究所出身)は、外交官時代に集めた各国の民芸品を、話が終わった後、いろいろと見せてくれたのだった。

そうだ、その方は、大川周明の揮毫も見せてくれた。

何と貴重なものを、私は見ることができた。そういった幸運を、忘れてはいけないな。

戦後のどうでもいい時期に生まれ、どうでもいい時期に青春を過ごしたから、余計にそう思う。
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by tamaikoakihiro | 2011-02-14 21:57 | 雑感 | Comments(0)

不思議なこと

駅を利用していると、エレベーターの前で、特に大きな荷物もなく、体の困難もなさそうな人が、待っている光景を見る。使う必要のなさそうな人たちで溢れると、後ろに車イスに乗った人やベビーカーを持つ人の姿が見られる。

何なのだろう、と思う。

取材で90歳近い方に会うが、それくらいの年齢で私のような人間に話を聞かせてくださる方は、みなお元気である、当然だが。

そして軽やかに歩き、時には鳴った電話を取りに小走りする。

そうだ、仙台で会った、元帝大系大学で教授を務めた方は、陸軍中尉で敗戦を迎え、その後、哲学の道に進まれたのだが、「最近の日本人が歩かないこと」を問題視されていた。

便利な世の中でいいじゃないか。

そういう意見は当然あってよいのだろうけれども、使う必要のない人たちがエレベーターをじっと待っているような光景には違和感を持つ。

日本人の長寿が言われるが、現在の長寿を実現している大正末期生まれくらいの方々と、これからの高齢者は、体の鍛え方も異なるわけだ。

だからそんなに長寿も続かないと思ったりする。
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by tamaikoakihiro | 2011-02-08 07:17 | 雑感 | Comments(0)

寮の記録

東亜経済調査局附属研究所の研究生たちが在籍中にものした寮誌が面白い。忠君愛国の文脈で読めるものもあれば、青春の倦怠感を漂わせた脱力系の随筆もある。

上大崎でつくった土俵の土俵開きの相撲を記録した星取表まである。

皇紀2600年を記念して代々木練兵場で行われた大観兵式の模様も綴られている。

「大元帥陛下は陸軍御軍装にて、午前八時五十二分殷々たる百一発の礼砲が中天にこだまするうちに式場に御着……」

こういう場に参加できたのは、軍に深い人脈を持つ大川周明の主宰する教育機関だったからだろう。

なかなかに興味深い。
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by tamaikoakihiro | 2011-02-07 06:15 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

カンボジア独立運動

カンボジア独立運動の闘士の一人に、ソン・ゴク・タンという人がいた。彼は戦時中、日本に亡命してフランスの弾圧を逃れた経験の持ち主である。その脱出に一役買ったのが、大川塾生だった。

関与した方の手記を読んでいると、ソン・ゴク・タンの風貌について言及している。ヒゲはそっていたが、一本だけ、長く数センチにも伸びていたという。

ベトナムでも、こういう人を、私はよく見た。何か縁起担ぎのようなものだ、とベトナム人の友人に教わった記憶もある。

ひょっとすると、東南アジア、いや大陸の男性の文化の一つなのだろうか。
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by tamaikoakihiro | 2011-02-04 08:08 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

誰かの痛み

古山高麗雄が『他人の痛み』という作品を書いている。彼は他人を想像することの難しさをしばしば書いたが、
この作品のタイトルもまた、その一環にある気がする。

そしてGun's & RosesのBreakdownという曲の中に、 a moment to try and understand another
one's despair(誰かの絶望を理解しようとする時間)という一節があった。

このあるとき「古山と何だか似ているなあ」と思ったのだった。

さて、「他人を理解したり、想像する」とは、言葉では書けるが、実際にやってまた言葉にしようと思うと本当に難しいと感じる。
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by tamaikoakihiro | 2011-02-03 22:57 | 雑感 | Comments(0)

おすもうさん

相撲の八百長のことで、たくさん報道が出ていた。八百長くらい昔からあったのじゃないだろうかと思ってしまった。つまるところ「興行」、言い換えれば商売なのだろうし、などと思う。

古山高麗雄が芥川賞受賞作「プレオー8の夜明け」で描いた獄中演劇の中に、女相撲のことが書かれていたことを思い出す。

獄中とは日本人の戦犯が収容されたサイゴンの刑務所である。

古山がつくった脚本では、親方に言われてブスの女力士は美人の力士に負けることを約束させられるのだった。

それでもブスの力士は実際の土俵で、美人を投げ飛ばしてしまったのだったと記憶する。

親方は「商売じゃ、商売は尊いのじゃ」といった感じなのだった。

つまりは盛り上げて観客を満足させられるからお金をもらえるのだという台詞を吐いたのだったか。

見せ物の相撲と国技になった相撲の違いはまたあるのだろうけれども
後者は堅苦しく考えると大事になりそうだ。

この連載は、相撲をお気楽に考えられるという点で非常に面白かった。

相撲のことを、今朝は思った。
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by tamaikoakihiro | 2011-02-03 07:50 | 雑感 | Comments(0)