大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

カテゴリ:満鉄( 6 )

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月刊「文藝春秋」16年10月号の広告が、先週、とっている「日本経済新聞」の朝刊に載っていた。
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おお、拙稿のタイトルも出ている、と喜び、撮影した。

その後、お世話になった方々にお礼状を急ぎ書いて投函する。読んで下さっていると嬉しいのだけれども。

満洲の企画はもちろん、今回の号では、「マラソン円谷 悲劇の謎が解けた」(松下茂典)を面白く読んだ。
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by tamaikoakihiro | 2016-09-12 22:53 | 満鉄 | Comments(0)
今日、月刊「文藝春秋」16年10月号が手許に届いた。明日が発売日だ。春以来、取り組んでいたことが、形になった。
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正確にいうと、2012年秋以降だけれども、具体的にまとめようと、必死になったのは、声をかけて下さったMさんのおかげである。

今回、取材にも同行くださったMさんと初めてお目にかかったのは、『大川周明 アジア独立の夢』(平凡社新書)が出た2012年だから、もう4年前か。

「週刊文春」で著者インタビューをしてもらって、担当してくださったFさん(今は別の会社で、別の雑誌でご活躍中だと思う)とMさんと、後日会食したのだったなあ。あれはちょうど今頃だったかもしれない。

Mさんはときどき連絡を下さって、その都度、「こんなことをやっています」と、目下の取材の話をお伝えしていた。

それが今回、こういう形でまともな文章として世の中に出ることになって、嬉しい。満鉄のことは、大川周明がはじめて給与をもらった会社(満鉄の東亜経済調査局)であるし、大川の若き弟子たちが学んだ東亜経済調査局附属研究所に満鉄も出資していたから、ずっと気になっていた。

大陸に若くしてわたった人たちの、心のありようを、知りたかった。それもまた、私自身が真似しようとして生活感をもって実行できなかった「海外雄飛」を実践された人たちへの憧れがおおもとにあると、思って居る。

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デスクとして原稿をみてくださったもう一人のMさんは、住まいが近いことが、お目にかかった折にわかって、これもまた嬉しいことだった。ひなびたベッドタウンと思われる地域の外れに私にとって、そのベッドタウンの中心地に住むMさんがうらやましい。

ともあれ取材に応じて下さった元社員の方々、社員二世の方々、そしてその家族の皆様に御礼を申し上げねばと思う。取材から時間がたって、鬼籍に入られた方も何人かいらっしゃった。
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by tamaikoakihiro | 2016-09-08 23:08 | 満鉄 | Comments(0)

駅前、岐阜、長良川

この前、岐阜に初めて行ってきた。曇天だったけれども、岐阜駅は三階建てで見晴らしが良いように感じた。

長良川からそう遠くない、静かな古い町並みの残るところで、昔話を聞かせてもらうことができた。
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帰る前に、長良川の近くまで出た。泥色の水が多く、鵜飼いは今日は出来ないだろう、ということであった。

岐阜駅の周辺は、何となく賑やかな感じがして、いつかゆっくり歩いてみたいと思った。
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by tamaikoakihiro | 2016-06-28 21:33 | 満鉄 | Comments(0)

渡満の経緯

満洲にゆかりのあった方のお目にかかる機会を持った。

先日お目にかかった方は、絵を描くのだった。満鉄のポスターにご自分の絵が採用されたことがある、と仰っていた。

渡満の前は、北海道でいまでいうデザイン関連の仕事をされていたとのことであった。道理で上手なわけだ。

何というべきかか、プロの手つきのイラストをその後、拝見した。

一朝一夕に描ける者ではないと感じた。

そういう一芸に秀でている方のお目にかかると、自分の芸とは何なのだろうと、考えてしまう。

そうだ、渡満の経緯だ。これは本当にもう人それぞれなのだろうと思う。その方の経緯も大変興味深かった。
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by tamaikoakihiro | 2013-04-30 21:38 | 満鉄 | Comments(0)

浅間山

満鉄関係のことで、縁あって長野県佐久市を訪ねた。新幹線の佐久平の駅から小海線に乗り換えて数駅。とあるところで下車してタクシーに乗り、しばらく山の方へ進んだ。

お目にかかった方は90歳をこえていらした。

帰り道は軽トラックで快調に飛ばして駅まで送り届けて下さった。

帰り道、眺めた浅間山の優美な姿が印象に残った。聞けば敗戦のとき、佐久出身の人が、戦闘機に乗って浅間山頂上付近に激突して自決したそうだ。

70年前の絶望を思った。
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by tamaikoakihiro | 2013-02-26 00:07 | 満鉄 | Comments(0)

南満洲鉄道株式会社

「満州」ではなく「満洲」と書く……時代を振り返る意味では、表記は重要なことなのだろう。

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写真は富士山麓にある広大な霊園、「富士霊園」にある「留魂碑」。満鉄の魂を記念したもの。マークが秋の光の中で際立っていた。
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by tamaikoakihiro | 2012-10-21 17:17 | 満鉄 | Comments(0)