大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

カテゴリ:雑感( 86 )

戦前の朝鮮・新義州に育った方が、内地に初めて来て驚いたことの一つに、日本人が肉体労働をしている光景を見たことを挙げていた。

大日本帝国は東アジアで見れば、台湾、朝鮮半島に及んでいたわけだけれども(満洲はいろいろ議論があるようなので、よくわからない。とりあえずここでは除く)、概ね肉体労働は植民地では、日本人がやる仕事ではなかったようである。

その方から拝借した資料にも、同じような驚きをつづった文章があった。

何もこういった人種に由来する話は日本に限ったことではないはずで、フランス領印度支那に戦時中いた方々からも「安南人」とフランス人の間にある懸隔に関する話はよく伺った。

「人種なんて今さら」という話もあるのだろう。とはいってもたかだか数十年前のことを、大昔の遺物のようには、どうも感じられないのだなあ。

「人がもう昔のことだよってというのって、たいていは今のことなんだよなあ」と、誰かが言っていた。

そうなのかもしれない。

今日家に帰ってくると、平凡社の「こころ」(第19号)が届いていた。『一〇〇人が綴る「私の思い出の一冊」』という、平凡社創業一〇〇年を記念した特集の号である。
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声を掛けてくれたKさんには、何ともお礼のしようもなく、この2年、特に何もしていないのに、と申し訳なくもなる。

植民地があった時代のことを、これまで何人かの方に聞いていたのだけれども、あるとき、京都の小さな駅の近くの喫茶店で、ある方から直截に言われて、人種に由来する“別種”の感覚が、かつて明確に存在していたことに、納得する思いを持った。

要するに有色人種への差別、であるのだなあ。

その思いを補強されたのが、ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」を読んでのこと。読後に抱いた感情等々、機会を得たので書いてみた。

立派な赤い装いの「こころ」になんだか感動する。

ああ、そうだ、新卒で入ったあの会社には、校閲部に「世界大百科事典」があった。違う階へ降りていって、調べ物をするふりをして、適当に行き当たった項目を読んだ記憶がよみがえった、な。

CD-ROMの「世界大百科事典」ではひたすらゴキブリのことを読み返した。あれはどこにいったのだろう。ゴキブリは気になる存在だった。アパートに頻繁に出没したから。

あの会社に拾ってもらえたのは、ゴキブリについて書いた作文のできが割合良かったせいだと、今も思っている。そういうわけで、平凡社といえば百科事典、それはサボりのお友だちなのである。
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by tamaikoakihiro | 2014-06-07 00:01 | 雑感 | Comments(0)

漫画で知ったことから

「ゾルゲ」という名前は、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』で知った。あれは小学生の頃だったのかなと思い出す。今日、『ゾルゲ事件 覆された神話』(加藤哲郎・平凡社)を読み始めた。

知識がそもそも不足しているのだけれども、読み進めるうちに緊迫感が高まるのを感じる。筆致は穏やかでも、それは感じる。

興味を覚えたのは、ゾルゲ事件を語ることが、冷戦期、一種の情報戦になっていたということ(誤読かもしれないが)。

考えてみると、ある事件・事象を語るということは、背景の考えを示すことでもあるわけだ。ゾルゲや尾崎秀実をどう見るか、でその語り手の立場も明らかにされる、ということになるのだろう。

ある対象を語ることは、自分を語ること――そんなよく言われる話を、思い出した。
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by tamaikoakihiro | 2014-03-25 23:03 | 雑感 | Comments(0)
「己のなすことを愛せ」とかいうセリフを、何だったか、イタリアの青春映画の中で聞いて、いたく感動した覚えがある。それを言ったのは老人だったなあ。

タイトルは、思い出した、『ニューシネマパラダイス』だった。

己のなすこと、なんて大仰な感じがしてしまうものの、そうだ、サイゴンの旧正月は美しかったし、それを感じて歩くのは、確かに楽しかった(愛していたかどうかはわからない)。

花々が公園や市場に溢れ、日本の早春の光に似た空の明るさがこの時期から感じられるようになるのだった。三カ月もすれば曇天がちな雨季に入るのだ。

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代表的な花の名前は、「ホアマイ」だったなあ。

その頃、親しくしてくれていたベトナムの友人は、新年を郷里で迎えたらしい。南部の小さな街である。近くにはベトナム戦争の激戦地の一つ、ビンジアという場所がある。確か米軍部隊が解放戦線に結構な打撃を与えられた場所と記憶する(違うかもしれない)。

友人はあの年、そのビンジアが近い実家に招いてくれて、二泊、させてもらった。大晦日の日にサイゴンを発ったような気がする。友人の実家の裏にはコショウ畑があった。生で齧るとうまかった。

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サイゴンを出た日は薄ら寒かったけれども、次第に暑くなって、正月の日にはサトウキビジュースをたくさん飲みたくなるくらい、暑かった。友人宅でスイカもご馳走になった。

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旧正月(テト)、おめでとうございます。

チャットで話しかけると、当時と変わらない調子で、いくらかふざけて「よう、お前!!」とベトナム語で応じてくれる友人に、よい年が始まることを、ちょっと祈る。
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そうして本を読み出すと、カバー裏から、あのとき友人の導きで買った、宝くじが出てきた。当たっていたかどうかは確認しなかった。

でもまあ、八年後に、いい思いをさせてくれるのだから、当たりとしておこう。
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by tamaikoakihiro | 2014-02-01 05:36 | 雑感 | Comments(0)

フィクサー

「学部生の卒論なんてのは、自分がいかにそのテーマを愛しているかってことを、書きゃあいいんですから」と、あの教授は言ったのだった。学部随一の「フィクサー」とかどこかに書かれていたけれども、フィクサーたる所以は知らなかった。いまも知らない。

自分の愛好しているものを、人に理解して貰うのは難しいし、その魅力を綴って読み進めて貰うのはまた難しいだろうなあ。だからあの教授が言ったのは、別に学部生の卒論だけのことでもないのだろう、と思う。

「愛する事もなく利用することばかりを知っている『研究』がなんであらうか」(武田泰淳)という文章に今日、接した。

「愛する」とは重厚な響きだけれども、とまれことの出発点であり、終着点なのだろうなあ。
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by tamaikoakihiro | 2013-11-10 21:06 | 雑感 | Comments(0)

気がする

意志のないものに絶望などあろうはずがないじゃありませんか――「いのちの初夜」(北條民雄)に見える言葉。北條はハンセン病(癩病)により24歳で亡くなった作家。作品は『火花――北條民雄の生涯』(高山文彦)で知った。

知らない作家のことを、よい作品を通じて知ることができるというのは、ありがたいことだなと感じる。自分が知れることの範囲はごく狭いけれども、少し運がよければ、そういう風にして、新しいところに立てる、かもしれないのだなあ。

意志も絶望も、明確には持たないものの、よい言葉に出会うとそれはそれで幸せに近づいた気がする。あくまで気がする、程度なのだけれども。
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by tamaikoakihiro | 2013-11-07 04:19 | 雑感 | Comments(0)

界隈

この前の土曜日、早稲田界隈に行ってきた。

大学の構内に入ると、見覚えのない高いビルがいくつかあって見上げた。
古めかしいのは、少なくなっているようだった。

十数年前、何をするわけでなく、少しの友人と、ときどき話して部屋との間を往復して
いたことを思い出した。

時間をつぶすために図書館に入ったら、当時、せっせと映画を視聴するためにAVルームに通った
頃のことがよみがえった。

羞恥を覚えずして回想できる過去などないわけだけれども、いまだって恥ずかしいことに変わりはないのだなあ。
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by tamaikoakihiro | 2013-10-08 02:43 | 雑感 | Comments(0)

ある言葉

『文壇さきがけ物語』(大村彦次郎・ちくま文庫)を読んだ。面白かった。淡々とした記述が積み重ねられていく(「挿話的手法」と言うらしい)中で、人模様が見えて興味深かった。

そのなかで紹介されていた、正宗白鳥の言葉。

「人間の記憶なんか案外に薄弱なもので、過去の歴史を現実に伝えるということは容易ではない。だからといって、だれか書いておいてくれなくては困る。ぼくの『作家論』でも『自然主義文学盛衰史』でも、書いておいた方が後世に役立つだろうと思ってのことである。だが、自分のことを書かなければ何も書けないのだよ」

最後の一文が、わかるような、わからないような。

誰か他人のことを書くにしても、自分のことを書かないといけないということだろうか?(直接言及しないにせよ?)

何度か読み返して、やっぱり、わかるような、わからないような言葉だったけれども、強く印象に残った。
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by tamaikoakihiro | 2013-09-26 04:20 | 雑感 | Comments(0)
「末席を汚す」と表現してよいのかどうか。拙稿掲載誌を眺めて、仰ぎ見るべき執筆者の方々の名前にそんな風に思った。自分の書いたものがここにあっていいのかな、といった感じ。「こころ」(第13号・平凡社)。
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それにしても自分が読み進めた本を、誰かに紹介するというのは、大変難しい。

そんなありきたりのことを、今回痛感した。

よく書くためにはよく読まなければいけない――

そんなことを、大学時代に聞いたか、読んだかした。

同じ学部の中に、作家養成コースみたいな専修があった。
そこの教授が言っていたことだったと記憶している。

ところで「こころ」(第13号・平凡社)で読むべきは、「回想 わが昭和史」だと強く思っている。
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by tamaikoakihiro | 2013-06-05 21:02 | 雑感 | Comments(2)

行動

『三島由紀夫と盾の会事件』(保阪正康・角川文庫)を読んだ。「補章」が胸に迫る内容だった。ノンフィクション作品で「自分を出す」ことは難しいことだろうと感じているが、そこではごく自然にそれがなされていて、読者にとって、「それが必要である」と感じさせる迫力があった。

同書中で知った三島由紀夫の言葉。

「ことばでもって自分をかきたてようとすれば、行動はそれについていけなくなるのである」

この言葉と、五・一五事件のときに「問答無用、撃て、撃て」と言った海軍青年将校の姿を重ねた。

そうだ、その青年将校は、のちに大川塾の寮長になったのだった。
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by tamaikoakihiro | 2013-05-18 12:29 | 雑感 | Comments(0)

淡々と

『私の昭和史』(末松太平・中公文庫)を読んだ。二・二六事件関係者の書いた本、ということで手に取った。派手なところのない文章が大きな魅力だと思った。

私が敬愛する古山高麗雄は「キンキラキンの文章」を書くことに否定的だったけれども、『私の昭和史』では、淡々とした記述だから出せる悲哀の起伏というものを感じた。

三島由紀夫が同書を絶賛したとのことだが、三島のような人が認める質は、実に確かなものなのではと思う。

二・二六事件というと、私は文章として檄文調のものを常々想起してきたのだけれども、印象が大きく変わった。

上下で2000円に満たないのだから安いものだなあ。
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by tamaikoakihiro | 2013-05-06 05:47 | 雑感 | Comments(0)