大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

カテゴリ:東亜経済調査局附属研究所( 83 )

日露戦争

「(日露戦争の)日本の勝利は、先進帝国主義諸国家にとってゆだんのならない強敵の出現を意味した」(橋川文三『明治の栄光』)

日本の成長は、脅威だったのだ。それは植民地支配を受ける人々にとっては一方では、希望になったようだ。

その相反するところを実感できるくらいに理解しないと、大東亜戦争のことも、わからないのだろうな、と思う。

そこで昭和18年の大東亜会議の折、チャンドラ・ボースが日比谷公会堂で演説したのを聞いたという、大川塾五期生の方の話をやはり、思い出す。
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by tamaikoakihiro | 2013-07-02 21:21 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

仏印武力処理

今年も3月9日が終わった。敗戦の年、日本がインドシナのフランス植民地政府を解体した日なのである。明号作戦という。一下級兵士として、のちの芥川賞作家古山高麗雄もプノンペンで作戦に参加していた。

先日宮城県七ヶ宿町の水と歴史の館にある「古山高麗雄の世界」を見て来た。兵隊時代の彼の美しい写真を見て、まさに美少年だなと思った。

古山は何度か明号作戦のときのことを書いているけれども、そうだ、実際に参加した他の方の話を自分も伺ったことがある。

元将校のある方は、その折にはサイゴン郊外の陸軍病院に入院していた、と仰っていたのだったか。

もう植民地も日本軍もないから、思い出す人も少ない出来事なのだろう。
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by tamaikoakihiro | 2013-03-10 03:41 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)
冷え込む毎日に、昨年11月終わり、酒田を訪れたことを思い出している。

お目にかかった大川塾――大川周明が主宰した東亜経済調査局附属
研究所――二期生の方との話も思い出している。

「大川先生は、自分の子供(※大川には子供がなかった)のようにわれわれを気遣ってくれた」

そんな主旨の回想を聞くにつけ、「昭和維新の指導者」というフレームでは
捉えきれない大川像を想起していたのだった。

ところで来週は『昭和維新の指導者たち~北一輝と大川周明』という番組が放送される。

http://www.nhk.or.jp/nihonjin/schedule/0113.html

何とも楽しみな内容だ。

上記の紹介ページには、次のような文章がある。

「大川はやがてイスラム学の研究を進め、大アジア主義を掲げて後進を育成していった。」

ということは、大川塾のことにもそれなりに時間を割くのだろうと想像している。

拙著『大川周明 アジア独立の夢』(平凡社新書)で触れたことも、映像で紹介されるのだろうか。
http://amzn.to/TIDSI4
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by tamaikoakihiro | 2013-01-08 23:07 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(1)

開戦の直前

もうすぐ12月8日、開戦の日ということで、戦後生まれであるけれども、71年前のその日のことを、想像せずにはいられない。

東亜経済調査局附属研究所(大川塾)の卒業生たちが、マレー半島に上陸する部隊の先頭に、または上陸部隊を迎える側の領事館に、または仏印・タイ国境を突破する部隊の先頭に、またはバンコクで邦人保護にあたる一隊にいたことを、『大川周明 アジア独立の夢』を書くに当たって知った。

当時19歳、20歳。

自分が大学に入り損ねて浪人などという暢気なことをしていた年の頃である。

何という違いかと思う。

そういえば先日、上陸部隊を迎える側の領事館にいた大川塾生ご令嬢から便りを頂戴した。本を介して、私のような引っ込み思案も人と関われるのだと、ありがたく感じた。
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by tamaikoakihiro | 2012-12-02 16:35 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(1)

冬の酒田

去る金曜、土曜と山形県酒田市で私を案内して下さった方(90歳)は、カンボジアの独立運動家ソン・ゴク・タンと一時期行動をともにし、バンコクに彼を逃れさせた人なのであった。

ソン・ゴク・タンはその後、日本に行っている。それももう70年前のこと。かつての20歳の若者は、柔和に笑って私にあれこれ話して下さった。

白鳥が飛来した酒田に吹く風は冷たく、空は鉛色だった。

話に興が乗ってくると、その方の口調には東北弁が強く出て来て、私も興奮した。

70年。しかしその時間を、一瞬のうちに私はまたぐ思いだった。
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by tamaikoakihiro | 2012-11-26 23:10 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

書店

一昨日、帰宅途中に丸の内の丸善に立ち寄った。興行関係の本を買おうと思っていたが見つからなかった。

近くだったので、平凡社新書のところを見た。自分の本が面で置かれていて、多分10冊くらい積むものなのだろうが、残り2冊になっていた。

日曜日掲載の朝日新聞の書評のコピーがポップとして使われていた。

http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012101500007.html

不思議な感じだった。

書評のおかげで大分本が動いたのだろう。

さらに神保町に回って見ると、「今週の書評」棚(入店して右側のあたり)を見上げるとリストに自分の本のタイトルと名前があった。

これも不思議な感じだった。

「写真を撮らせてください」

忙しそうな店員の方にいいそうになった。

もちろんしなかった。
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by tamaikoakihiro | 2012-10-19 20:17 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

辿る

『大川周明 アジア独立の夢――志を継いだ青年たちの物語』(平凡社新書)が産経新聞の書評欄に掲載されていた。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/121007/bks12100709060006-n1.htm

大きな扱いで驚いた。拙く辿っていたことが、一つにまとめることができ、ありがたいことに、資料でしか辿れなかった方のご子息から、本ブログにコメントを頂戴した。

辿るに容易でなかったことも多かったけれども、たくさんの記録を残して下さった方、話して下さった方のおかげで、自分なりに辿れることもあった。

刊行されて2カ月が経過して、改めて自分でできたことなど、大してないなあと思う。
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by tamaikoakihiro | 2012-10-09 03:16 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(1)

ありがたく

今年、90歳になる方から、手紙を頂戴した。大川周明の弟子の方である。本を差し上げたところ、目を通して下さったようだった。

ご自身がどのような気持ちで仏領インドシナで働いていたか、率直なところを何度か手紙で聴かせて下さった方なのだった。そのあたりの心構えになどついては、『大川周明 アジア独立の夢 』(平凡社新書)に書かせてもらった。

書かなかったところでは、日々、「正直と親切を欠くことなかりしか」を最初とする、反省の条項を書いたメモを、毎晩見直していた、という事実がある。

「正直と親切」は大川塾生が、活動の旨としていた、大川周明の言葉である。

そういう“原初の言葉”を今も大切にされている方の手紙には、いつも緊張する。そういうものを与えてくれる手紙は、じつにありがたいものだなと思う。
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by tamaikoakihiro | 2012-08-13 02:20 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

見本

昨日、歩兵第三聯隊の衛戌地だった青山公園に近く、
また星条旗新聞社に近い西麻布のとある店で、
『大川周明 アジア独立の夢――志を継いだ青年たちの物語』
の見本を受領した。

テーマは大川周明が戦前・戦中、後身を育てた
東亜経済調査局附属研究所、通称「大川塾」である。

平凡社新書からで、来週おわりくらいから書店にならぶようだ。

というわけで記念に一枚。

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人生初の単著ということで、緊張しながらなで回す。
翻訳書編集者として本をつくっていたときとはまったく違う感情を覚える。

軍部の政治介入を強めるきっかけの一つだった
二・二六事件参加部隊の衛戌地の存在を感じながら、
対米英開戦後ラジオを通じて「アングロサクソン世界幕府打倒」を叫び、
敗戦に「これよりアメリカの属国」と嘆き、極東国際軍事裁判を「茶番」とした
大川周明の弟子たちにまつわる本を受け取る……

なんだか因縁めいたものを感じた。

実際には、編集の金澤さんがさる有名人(?)のブログで店の存在を知って、行ってみたいと思ったからその店に決まったのである。

またこの件では、思うところを、ときどき書いてみよう。
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by tamaikoakihiro | 2012-08-04 13:34 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

もういくつ寝ると

最近は日が経つのを遅く感じる。それは私の待望する日が、なかなか訪れない気分に心が支配されているからである。

まだ36歳だけれども、とりあえず十分に大人になってみて、「もういくつ寝ると」の気持ちを味わう機会は、そうそうないように思っている。

しかし幸いにもそういう機会を今回は、まさに“頂いた”。

平凡社新書から『大川周明 アジア独立の夢 志を継いだ青年たちの物語』という本を出させてもらうことになった。

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うわ、見にくいな、これ。

とまれ、丁寧にお付き合い下さった編集者のKさん(本名を記していいのかどうか、確認してないので)には何ともお礼の申しようがないし、そもそも話を聞かせてくれ、また様々の資料を閲覧させて下さった方々には、どうお礼を申し上げるべきか、もうわからない。

とりあえず、上の画像が、本当に本が出ることを証明してくれるようなので、ここに引っ張ってみた。
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by tamaikoakihiro | 2012-07-30 22:28 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(1)