大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

高座渋谷、いちょう団地


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小田急江ノ島線高座渋谷駅を降りて、東海道新幹線が下を走る道路を渡り、細い道を下った。「昼なお暗い」という表現がよくあてはまりそうな道には、街灯があって、それが点灯していた。左手に神社があった。

安いことで知られるスーパーを見てから団地の敷地内に入ると、よくこの団地を紹介するときに紹介される、数カ国語で記された看板の類を目にする。

バイヨン寺院の写真を看板に使った食料品店に入った。カンボジアのものばかりでなく、ベトナムやタイのものもあった。東南アジアの市場でかぐにおいがあって、懐かしい感じがした。お茶や調味料を買う。

店の人は、80年代に日本に来たということだった。自分がまだ10歳にもなっていない頃から、異邦で生きてきた人がいるのだな、と思う。

ベトナム人向けの食料品店兼喫茶店のようなところにも入ってみる。ベトナム語でコンデンスミルク入りのアイスコーヒーを注文すると、「ああベトナム語が話せるのね」と、店の人に言われる。
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「少しベトナムに住んでいました。でも難しいですね」と返事を、調子に乗ってベトナム語でしてみる。

「ベトナム人の奥さん、いるの?」と、ベトナムを旅行していた折に、しばしば聞かれたことを、ベトナム語で聞かれる。懐かしいなと思い、事実を述べる。

アイスコーヒーを飲んで涼んだ。違うテーブルには、赤子連れのベトナム人女性3人がいた。店の人との会話を聞いていると、ホーチミン市出身らしかった。しかし、どうも旅行者のようでもある。

店の人が「オンセンに行きなさいよ」としきりに勧めていたから、そう思ったのである。

店の人は、30年ほど前、日本に来たらしい。出身は、これまたホーチミン市だと言っていた。鳥がさえずるような、抑揚のなめらかな南部の言葉を、これまた懐かしく思った。

店を出て、駅まで戻った。電車を待っていると、反対のホームに店にいた赤子連れの女性たちがいた。そのうちの一人、おそらく赤子の母である人が手を振ってくれた。片言のベトナム語を話す日本人に、優しいなと思う。

約10年ぶりにベトナムを再訪するわけだけれども、いい練習になった。

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by tamaikoakihiro | 2017-08-08 21:29 | 雑感 | Comments(0)