大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

『日本会議の正体』(青木理・平凡社新書)

自分と意見の異なる人の話を聞き、丁寧にまとめていく作業というのは、途方もない労力を要するのだろうと想像する。

『日本会議の正体』(青木理・平凡社新書)を読んだ。

読んだけれども、読むと知らないことが多すぎて、自分が現在進行形のものに、苦手意識があるか、感じた、というのが正直なところなのである。

しかし現在進行形の事柄にも、必ず源流があることを、教えて貰った気がする(当然のことなのだろうけれども、本を読んで学ぶことはそういう当たり前のことの方が多いのかも知れない)

本の大きな筋とはあまり関係ないのだろうけれども、次のような表現に目がとまった。

「全国の大学のキャンパスは左派学生に席巻されており、右派学生の蠢動がはじまったとはいっても、それはごくほそぼそとしたものにすぎなかった」(p65)

これは「早稲田大学学生連盟」結成に関する記述の一部である。これは1966年のことであるようだ。

自分の母親は1946年生まれで、東京で大学生をやっていたので、昔、極左運動に興味があったころだったか、「学生運動の類いに関わったのか、それともノンポリだったのか」と尋ねたことがある。

ノンポリだったそうである。てっきり全学生がいわゆる左翼的な活動に邁進していたと思っていたから、拍子抜けした。

大学に、親が活動に熱心だったという友人がいた、どういうわけか私は恥ずかしい思いで「うちの親はノンポリだった」といったら、「あの時代、ノンポリでいたことの方が、意味があるでねえの」との返事だった。

なるほど。

その後、右派の学生がいたことも知った。反戦平和といえば、錦の御旗に近いと思うけれども、それを掲げる人たちと、違う立場で活動していた人たちもいたのだな、と思った。

さて、上記の一文に戻る。「蠢動」とあった。

手許の辞書をひくと、「(1)虫などのうごめくこと。」「(2)(取るに足らないものが)こそこそとうごめくこと。」とある。

うーん、かなりネガティブなイメージだなと思った。

とはいえ、著者が、自分とは異なる見解を持つ人々に取材し、その結果をまとめた本であるから、〝異物視〟する言葉が出てきても不思議はないな、と思うし、それでもいいのかなと思う。

以下、私の調べたりして、の経験から。

北部仏領印度支那を解体したあとの日本軍の記録(戦後)には、「ベトミンが蠢動」といった記述があったような記憶がある。ホー・チ・ミンが1945年頃から仕掛けていたゲリラ戦をとるに足らないと思っていたのだろう。

しかしながら、一方で手痛い目にも遭わされたようだ。そして今やベトナムの政権は、ホー・チ・ミンがつくったベトナム共産党によって担われている。

また話は戻って……

「蠢動」していただけだった人たち(右派学生)がやがて、「日本会議」という影響力を持つ組織へとつながっていく……そんな構図があるのだろう。

蠢動というのは、なにやら少し蔑視も感じる言葉だけれども、蠢動する方にしてみれば、そうするだけの理由があって、そうしているにちがいない、と思う。何を書いているのか、自分でよくわからなくなってきた……

ごく小さな動きの時期から関わっていた人たちのことを、もう少し知ってみたいな、と思った。あの時代に、少数派でい続けることは、戦前・戦中に反戦運動をやるよりは容易だったかもしれないけれど、大変なこともあったに違いないと思うからである。
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by tamaikoakihiro | 2016-08-26 11:50 | 雑感 | Comments(0)