大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

復讐の話

『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く―』(青木冨貴子・新潮文庫)を読むと、細菌戦の研究成果の提供と戦犯として訴追しないことが、一つの取引としてあったことが、わかる。

なるほど、良い材料を持っていると、敗者も勝者と対等に近い取引ができる、ということなのだろうか。

サイゴン裁判の資料を眺めていたら、個人の手記もあった。取引の材料などなく、勝者からの訴追を受けた人々のことである。

興味深いことが書かれていた。

戦犯容疑者として取り調べを受けた人々は、フランス側から相当厳しい拷問にかけられたようである。

以下、引用。

「留置所に入ると同時に下剤を服用させられてそのまま十日間絶食させられた者(S少佐)、探偵局で赤チンに壁土を混ぜて呑まされた者(S大尉尉)、同じく探偵局で殴打水攻めの拷問を受け約一ヶ月間歩行困難となった者(O軍曹、後日処刑)、廊下のコンクリートの壁に向って立たされ監視の下士官から後から力一ぱいに後頭部をつきとばされて額を壁にぶつけられた者(M大尉、K中尉、H曹長)等大多数の者が拷問を受けた」

そうすると、あるとき拷問を受けた者の中には脱走する者がいたようである。

「S少佐H大尉は作業場より逃亡してヴェトミン軍に入り戦犯局デュテー法務少佐、取調官ノゲー及佛印高等弁務官に対し『この日本人の恨みはきっと晴してみせる』との果し状を送った」

ヴェトミン(ヴェトナム独立同盟)は、かのホー・チ・ミン(漢字では胡志明。志の明らかな外国人という意味になるらしい)が、率いた独立闘争のための組織で、日本人多数が参加したことは、近年だいぶ知られるようになったことだと思う。

フランスは、日本に武装解除された恨みがあっただろうから、自分たちや自分たちの仲間を取り締まった日本人は憎かったのだろうなと思う。

勝者になると、今度は日本人に厳しくあたったわけだろう。

そこから脱出した日本人が、独立闘争の側に入って、フランス人に復讐してやると脅す――

まるでドラマのようだなとも感じる、が、当事者にとっては命がけであったのだから、軽薄な感想は慎まないといけないのかもしれない。
[PR]
by tamaikoakihiro | 2016-04-04 05:35 | 戦犯裁判 | Comments(0)