大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

サイゴンの銀座、ホテル

ベトナムに住んでいた頃、飽かずに撮ったホテルがある。
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カチナ通り(現ドンコイ通り)に面したコンチネンタルである。住んでいる間にアイボリーから白に基調の色が変わった気がする。カチナは「サイゴンの銀座」なんて呼ばれていたらしい。

いつ見ても風格があっていいなと思っていた。サイゴン川に面したマジェスティックが男性的だとすると、女性的な感じがあったな。大東亜戦争中、マジェスティックが軍人御用達だったとか、そこで長勇が結構な存在感を見せていたとか、あれこれ読んだな。

コンチネンタルから教会の方に上がると確か右手に警察署があったと記憶する。たぶんあそこは大東亜戦争中、仏印の秘密警察、「探偵局」があったところで、「ははあ、ここか」と通る度に思った。

探偵局は安南人(ベトナム人)の独立運動家を取り締まるほか、日本が降伏すると、戦犯容疑者の摘発も行うようになったのだった。

そうだ、戦犯裁判だ。古山も作品で横顔を紹介している、敗戦時の第二師団長である馬奈木敬信が、サイゴンの戦犯裁判の模様を詳細に書き残している。文章は平明で、細部が彫り込まれている。

北部仏印で起こった「ハジャン事件」で死刑に処された軍人が二人、いる。彼らの処刑の模様も詳細に描いている。

射垜の前に立たされ、柱に縛られた二人が君が代を奉唱する。途中で射撃をしようとする仏軍側に、最後まで歌わせてくれと言う。訴えは認められたが、それでも途中で撃たれてしまう。

馬奈木は一連の模様をこう言っている。

「悲痛と云わんか悲壮と云うべきか、厳粛と言わんか将又荘厳というべきか全く表現する言葉がない」

刑場も、どのあたりかと、探したことがあったような気がする。

フートーの競馬場のあたりかなとか、いやチーホア刑務所のあたりかなとか、バイクでうろうろしたのだったか。

いや、うろうろしたのはチーホアの方だけで、フートーはただ競馬をやりに行ったのだったか。
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by tamaikoakihiro | 2015-10-22 23:54 | 作家 | Comments(0)