大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

ハノイ、北部仏印進駐

ハノイに日本軍進駐の頃のゆかりの場所を訪ねたことがある。そのときで、進駐から65年以上が経過していたと思う。そうか、進駐は1940年9月だったか。大川周明の弟子の一人も、北部仏印進駐の隊列の中にいた。

フランス側との調整にあたる「澄田機関」のあった建物も「これかな」とものを、古地図を使って見つけた。

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澄田機関の長は澄田睞四郎。息子の一人、智はのちに日銀総裁になっている。自分が最初にニュースで聞いて覚えた日銀総裁の名前、なのだなあ。だから澄田機関の建物を見た時は、仏印進駐のことに加え、あああの総裁の……と思ったなあ。

ハノイには、日本人の商店もたくさんあった。日本人の名前が残っていて、往時の日本人の定着ぶりが窺えた。

「SHIMOMURA」とあるが、これは「下村洋行」という日本人経営の店だったところ。
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by tamaikoakihiro | 2014-09-21 07:26 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)