大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

東南アジアの川

この前、小さな川を見た(というか、毎日通勤で見ている)。水がちょろちょろと、こじんまりと流れていた。車窓から「ああ、日本の川だな」と思った。

まあ東京郊外の川だから、当然かな。


サイゴン川を見たときは、東南アジアの平地の川とは、スケールがあるなと感服した。水草がゆるゆると流れていく様に、戦時中、サイゴンで学んだ人から聞いたその水草の有様そのままだと思った。

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サイゴン川のことは古山高麗雄がデビュー作「墓地で」の中で、書いていた。

私が見たサイゴン川と、敗戦直後のサイゴン川とでは、まったく様相が違うのだろうけれども、川向こうの「ベトミン地区」のことなど想像した。そうだ、私が住んでいた頃は、川向こうの2区は牛が草を食む風景があった。背景にサイゴン中心部の高層ビルが見えた。

サイゴン川を遡上する大きな貨物船を見上げるように眺めたときは、子どものように感激した。泥色の川の貫禄に、羨望を覚えたなあ。

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(写真は旧クォンデ通りの風景。クォンデはかつて日本に亡命して祖国独立の運動を行った王族)

一時期、仏印に展開していた日本軍部隊関係者の戦友会報を読みあさっていた。意外と多いのが、サイゴン川をメコン河の支流としている記述であった。正確にはサイゴン川はドンナイ川水系であり、メコン河の系列ではないようだ。

しかしサイゴン川のスケールを見ていれば、メコン河の支流と考えてもおかしくはないと思う。

サイゴン川は、アロヨシノワ(中国人の運河、だったかな、意味は)という運河でメコン河の方面に、確か通じている。サイゴンを発ってプノンペン方面に行く部隊の中には、そういう例もあったのだろうと想像している。

川は、いいなあ。大きいほど、何かいいものを感じるなあ。
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by tamaikoakihiro | 2014-08-02 19:22 | 作家 | Comments(0)