大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

芝浦のあたり

JR田町駅を海側に出て左に曲がる(浜松町方面へ)。見上げるとモノレールが通るあたりを歩き、大通りに出る。BMWの巨大なショールームを右手に見て、小さな五階建てほどのビルを見つける。

住所からすると、そこが「季刊藝術」が最初の編集部を置いたビルと思しい。今はBMWでもバイクの方のメンテナンスを行う場所になっているようであった(一階が、だが)。

果たしてそこが「季刊藝術」編集部のあったところなのかどうか、確信が持てない。そのうち国会図書館地図室で1960年代の住宅地図を見て、確認を取れるかどうか、試みてみよう。

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近くには、看板建築風の二階屋が残っていて、「湾岸」の感じから遠いものもあるのだった。確かあの作家は、江藤淳に勧められ、また円地文子が原稿を落とすことになったから、という“理由”で、編集作業を昼間は行い、それが終わった夜、編集室だか守衛の部屋だかで書いた、と書いていた気がする。

それが編集者から注目され、第二作を書き、芥川賞受賞になった――という感じである。

その古山高麗雄のデビュー作は「墓地で」がタイトル。ただ掲載された「季刊藝術」の目次を見ると「墓場」でとなっている。「墓地」と「墓場」では、だいぶ受ける印象が異なる。

目次の校正にまで気が回らぬほど、多忙になってしまったのか、と想像してみたけれども、どんなものだったのだろう。
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by tamaikoakihiro | 2014-05-05 12:53 | 作家 | Comments(0)