大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

フィクサー

「学部生の卒論なんてのは、自分がいかにそのテーマを愛しているかってことを、書きゃあいいんですから」と、あの教授は言ったのだった。学部随一の「フィクサー」とかどこかに書かれていたけれども、フィクサーたる所以は知らなかった。いまも知らない。

自分の愛好しているものを、人に理解して貰うのは難しいし、その魅力を綴って読み進めて貰うのはまた難しいだろうなあ。だからあの教授が言ったのは、別に学部生の卒論だけのことでもないのだろう、と思う。

「愛する事もなく利用することばかりを知っている『研究』がなんであらうか」(武田泰淳)という文章に今日、接した。

「愛する」とは重厚な響きだけれども、とまれことの出発点であり、終着点なのだろうなあ。
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by tamaikoakihiro | 2013-11-10 21:06 | 雑感 | Comments(0)