大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

崖を見上げる

通勤の途中、目黒駅を出た山手線から品川に向かって右の方を見ると、崖が目に入る。その崖っぷちに白い建物がある。杉野学園の建物なのだが、そこにかつて東亜経済調査局附属研究所(大川塾)があって……と考え出すと、座れない苦痛もだいぶ和らぐ。

大川周明は東京が空襲を受けた後、上海から帰国し、山手線から見た学舎を見て安心したと、どこかの資料で読んだ。

私はそこにない建物を、今ある建物を見て想像するわけだ。

ベトナムに住んでいたとき、借りていた部屋のある3区から市中心部に出て行く際、しばしば裁判所の前を通った。フランス領時代の建物がそのままで、かつても今も裁判所なのだった。

通るたび、そこで戦犯裁判の刑を宣告された古山高麗雄のことを想像した。さらに市の中心部に行くと、探偵局のことを思った。

カチナ通り(ドンコイ通り)には、かつて探偵局(シュルテ・特高のようなものか)があったと古山は書いていて、それと思しきものを探すと、現在のベトナムの警察、公安の大きな建物が、それもフランス領時代を思わせる姿であるのだった。

今ないものを今あるものから想像したり、今あるものから昔を想像したり、まあ終わりのない話ではある。さてさて、しかしやることはたくさんある。
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by tamaikoakihiro | 2011-08-09 22:34 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)