大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

会いたい人の話

今、どうしても会いたい人がいるかと言われると、と勝手に問いをたてて、自ら「古山高麗雄」と答える。これほど国中で「がんばろう」が唱和され、「日本の強さを信じている」と臆面もなく言うCMが日々流れる状況に、彼ならどう感じただろう。

彼は反戦的な考えの持ち主として、ビルマ、仏印を転戦した。その考えを口に出すことはなかったが、寡黙で周囲とは壁を築いて交わらなかった。

戦後、日本は豊かになると、食うや食わずの時には言わなかった「労働は神聖なり」といったフレーズをもてあそぶようになり、そのことに彼は非常に強い違和感を表明していた。

反戦を錦の御旗とする「反戦使い」についてもどうようだった。そうだ、ベ平連が、1973年の和平協定以後、静かになったことを挙げて、本当に戦争反対なら、ラ平連、カ平連をつくればいいと揶揄した(ラはラオス、カはカンボジア)。

うーむ、何を言いたいのかわからなくなってきたが、まあとにかく今は、「進め一億火の玉だ」といった雰囲気を、手触りの感覚として持つにふさわしい時なのだろう。
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by tamaikoakihiro | 2011-04-14 07:44 | 雑感 | Comments(0)