大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

戦時中

地震以後、情報の混乱、あるいは不足、その統制めいた話が出ると、「戦時中に戻ったみたい」「大本営発表だ」といった、戦時中をネガ一方で、半ば悪であることを前提として、持ち出す人の発言に接することになる。

違和感を覚える。

そもそもそういう風に発言している人たちが、戦時中の「実感」を持っているのかどうか。それが疑わしいから、違和感を覚える。

戦時中の「実感」を持つ人たちに、またはどれだけ接したことがあるのだろうか。

「実感」も持たずに、言葉だけに反応して何かを判断することは、あまりよくないのではないだろうか。

大川周明のつくった「東亜経済調査局附属研究所」(大川塾)を卒業したある方は、在籍時代に書いた自分たちの文章について、「それはあの時代だから」と前置きして、尽忠報国、神国といった言葉も使ったものだと、語っていた。

それは時代の雰囲気であり、制約だったのだろう。

後代の人たちが、自分より前の時代を、一方的に悪であるかのように形容することは、少なくとも敬意を払った姿勢とは思えない。
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by tamaikoakihiro | 2011-04-07 07:44 | 雑感 | Comments(0)