大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

名前を残して

戦史資料室で閲覧したビルマ独立義勇軍(BIA)の基礎資料、「南機関外史」をデータ複写で先日受領。そこに並ぶ大川塾生の名前、名前。民間のある組織から、あれだけまとまった人数が参加したのは、BIAの中でも異色なのではと思う。

だからこそBIA参加の軍人(尉官・左官クラス)の戦後の回想記に、大川塾の名前が出てくるのだろうと想像する。その回想記とは、『ビルマ工作と謀略将校』(山本政義)である。

「南機関外史」では、大川塾生に下された命令も読むことができ、その行動も克明に記されており、興奮する。

タイとビルマ国境の密林、山岳道を踏んでいく大川塾生の姿を想像する。

彼らの見る先にはビルマがあり、独立ビルマの未来があったわけだ。

以前、ブログで書いたように、なぜか『ビルマ工作と謀略将校』では、大川塾は「大東亜塾」となっている。

考えてみれば、大川塾は大東亜の解放を志向した教育機関であり、そうなれば別称として当時、流通していたとしてもおかしくない。

とはいえだいたいにおいて、現地では大川周明博士の弟子、と認識され、東亜経済調査局附属研究所の名前で呼ばれることはなく、「大川塾」の通称で通っていたわけだが。
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by tamaikoakihiro | 2011-01-25 08:07 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)