大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

人づて

ある方を介して、半年前に発表した拙稿を、わたし自身も読者である、ある著者の方が評価してくれていたことを知った。

もちろんそのほどはもちろんわからない。何かの折にちらと仰ったくらいかもしれない。けれども、非常に嬉しく感じる。

そして何より今書いているものを見てくださる方に何とかよいものを見てもらえるようにと思う。

こういう機会は得ようと思っても、なかなか得られない。

閑話休題。

「先占」という考え方があって、これはある地域を先に「我が国のものですよ」と宣することで、固有のものとできるという話であると、最近になって知った。

国際的な常識というか、スタンダードなのだという。

私が関心のある大東亜戦争の頃のアジアというのは、そんな話は無論、通用しないところだった。

何しろその土地に長くいた人々が植民地支配のくびきにつながれていたのである。

あとから来た人々こそ、偉いのであった。

考えてみれば恐ろしい話であるが、それがあの当時、別段珍しくもなかった。だから世界中に植民地があったのだ。アジアはその一つだった。

そういう現状に、悲憤の思いを持った一人がアジア主義者・大川周明であり、その最後の弟子である、東亜経済調査局附属研究所(大川塾)の研究生たちである。彼らは師の思いを体現すべく、南方にあった。志半ばで死んだ者も少なくない。
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by tamaikoakihiro | 2010-11-09 08:13 | 雑感 | Comments(0)