大東亜戦争と南方物語


by tamaikoakihiro

シンガポールのチャンギー刑務所

シンガポールにはチャンギー国際空港という空港がある。アジア圏のハブ空港として有名である。

その近くに「チャンギー刑務所」というものがかつてあって(いや、今もあるのかもしれない)、昔、日本人が、戦犯をはじめとして各種の罪に、連合軍によって問われたり、彼等の調査の対象になったりしてそこに収監されていた。

そこに東亜経済調査局附属研究所の卒業生も含まれていた。

内地では大川周明がA級戦犯として訴追されたこともあり、その弟子と呼ぶべき若者たちの調査をしなければ、連合軍は気が済まなかったようだ。

その当時のことを、卒業生に聞いたことがある。

「がたーん」

と音がするそうである。

絞首台の板が外れて人が下に落ちた瞬間の音だという。

その人は独房にいて音を聞いていた。ただそこで成仏を祈るだけだったという。

よく勘違いされ、BC級戦犯は、A級戦犯より罪が軽い、と思われているようだ。

しかしそんなことはもちろんない。BC級の方が、粗雑な復讐裁判によって根拠もなく処刑されたケースが多いというのが、戦犯裁判を語る上で常識にあたる。

そのシンガポールでの犠牲者を悼む集いが、今も東京で行われている。場所は池上本願寺である。

毎年四月、当時チャンギー刑務所で犠牲になった人たちの遺族、関係者が参加する。

戦犯の教誨師を務めた田中師はここの僧侶である。

私は先年、参加する機会を得た。田中師も病身にもかかわらず、車椅子で参加されていた。

戦後65年、今も慰霊は続く。
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by tamaikoakihiro | 2010-03-22 17:11 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)