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記憶

ある詩人のことを断続的に調べていて、その人の記憶を持つ人に会ったり
その詩人と縁のあった人の娘である方に会ったり。

輪郭が見えるようで、見えない。

この前、その詩人の葬儀が営まれた中野区の寺に行ってきた。

肌寒い日で、広い墓地の中を日暮れ時、その人の名前を刻んだ墓石を
探して二時間ばかりだったか、歩き回った。

結局見つからなかった。しかし墓石に刻まれた文字は切ないと思った。

20歳そこそこで大陸で戦死した人の墓石。永遠に若いその人の
墓石はすでに風雪にかなり削られている。

あるいは幼児期に亡くなった人の墓石。

歩き回って青梅街道に出ると、日が暮れていた。

# by tamaikoakihiro | 2012-04-20 23:28 | 雑感 | Comments(0)

装飾

客観描写なんてありえないのだろうが、大岡昇平をまた、読み直してみよう。

よい文章ってなんですか、と考えてみてのこと。

余計な装飾がなくて、それでいて装飾的な事柄も正確に「感じさせる」ことができるものじゃないかと思ったり。

正確に描けば、それが感情を喚起するし、感嘆の思いをを呼び起こすことができるのだろう、と思ったり。

確か古山高麗雄が「キンキラキンの文章はよくない」といったことを書いていた。「キンキラキン」は確かに良くない。

# by tamaikoakihiro | 2012-04-11 23:52 | 雑感 | Comments(0)

旧制高校

旧制高校出身の、ある方に、少しだけお話を伺った。『ガダルカナル戦詩集』との出会いについてだった。

その方は戦後の旧制高校の寮で出会ったと仰っていた。

たくさんある本の中で、それがあったという。

高校といってもおそらくは、今の大学生を上回る知性のレベルではなかったか。

そんなことを、あとから思った。

アンドレ・モーロアの『フランス敗れたり』、等々。

# by tamaikoakihiro | 2012-02-12 09:45 | 詩人 | Comments(0)

古新聞

古新聞とは、なんだか役立たずのもののような響きがあるけれども、昭和19年8月18日の毎日新聞一面を見たとき、感動した。追いかけている詩人の詩が一面を飾り、ガダルカナル島の苦闘を伝える記事がともにあった。

戦場の実相を伝える記事とそこで書かれた詩が新聞の一面にある――何という時代なのだろうと思う。想像もつかないが、実際に70年ほど前のこと、当時を知る人だってまだ存命なのである。

七度生まれて
七度撃たん。

――「ガ島前線」はその詩人によるもの。七生報国という言葉が生きていた時代なのだ。

そんな出会いを提供してくれた国会図書館には感謝したいところだが、どうも年明け早々、システム障害で手書きで入館、資料請求とは。学生時代を思い出した、それはたかだか十年ほど前のことなのだった。

# by tamaikoakihiro | 2012-01-08 14:54 | 詩人 | Comments(0)

開戦から70年

海が荒れていたと、資料にはある。70年前のマレー半島東岸、日本軍が殺到したシンゴラの町のことだ。町の日本領事館には大川塾生が二人、いた。開戦前のさまざまな動きに、彼らを含め、多くの大川塾生が関わっていた。

バンコクにいた大川塾生はすき焼きパーティに集められたと聞いている。開戦の企図を悟られないようにする一種の偽装に付き合わされたようだ。

戦争は、真珠湾攻撃をもって始まったと語られることが多いようだけれども、日本時間でいえば、マレー作戦の方が先に始まっていた。

荒れた南方の海、深夜、領事館からの呼び出しに走り出す若者……

いろいろと想像が働く。

さて、雑誌「東京人」の特集「軍都東京の昭和」を読んで寝よう。

# by tamaikoakihiro | 2011-12-07 21:54 | 東亜経済調査局附属研究所 | Comments(0)

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